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歴史講座

遅うなったが、頂きものの清酒2本持って木遣り部の練習を覗いた。
すでに懇親会に入り、歴史講座が始まっておった。
賢明なる聴講生のワシも大人しゅう席に着き耳を傾けながら、
目の前の飲み物をいただいた。

K連合会会長が、せっかくワシが来たのに発声もさせずに帰らせちゃあ申し訳ないと
本年度の演題である『敦盛さん』をやってみぃ! と仰られた。

ただの一度もやったことのない演題を、まだ喉の潤しが足らん状態で
さぐりさぐり声を出してみる状況で、何とも声が出ない。
とうとう終わりまでやっても声も出にゃあ、順番もでたらめで、皆さんにご迷惑をお掛けした次第なり。

『こりゃあ、どうにもならん!』 と思われたんか、そこから又、歴史講座が始まった。
ワシも嫌いじゃないけぇ、そこそこ知っちゃあおるが、まぁ、なんと詳しゅうに勉強しとんさる。
興味深く大人しく聴いちゃあおったが、放っといたら夜が明けると思い
『本日の講座はここまで、続きは次回に』 とのワシの発声でお開きと相成った次第。

続きも聴いてみたい
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おんな神輿に?

敬老の日のプレゼントを持って来た孫娘が
「お祭りのおんな神輿には何歳から出られるん?」 と訊く。
「ど-したんや、出たいんか?」
「うん! だってかっこいいじゃん!」
どうも血は争えんようじゃ。

ワシも小学生の時に青年団が担いどった喧嘩みこしに憧れたもんじゃ。
『中学生になったら青年団に入れる』
そう聞いとったんで、早よう中学生になりたかったし、喧嘩みこしを担ぎたかった。

喧嘩のようすを見たら怖いと思う時もあったが、かっこええとの思いが強かった。
小学校の仲間もみんな 『中学生になったら青年団に入ろう』 
そう言うとったのに、実際に中学生になって青年団に入ったのは二人だけじゃった。

一緒に青年団に憧れとった友人に
「どうしたんや? 来いや! ワシは青年団に入ったで!」 と言うても
『親があんとな悪い人らの仲間に入っちゃあいけんゆ-んよ』
「何ならぁ!、神輿担ぎたかったんじゃあないんか? 悪い人なんかおらんで」
『う・・・・・ん』  何回か誘うたが、親から厳しく反対されとったんじゃろうね?

孫娘にとっては女みこしの姿がかっこええんじゃろうね?
「髪をアップにして、お化粧してみたいんか?」 と訊いたら
「うん!」 じゃと。

五中野球部

夜、スナックの元ママから電話が入った。
他に用事があったんじゃが、どうも一人で飲んどるらしく寂しゅうしとる様子に
「どこにおるん? 行こうか?」 と声をかけたら
「ホンマ!? 嬉しい!」

その様子をヘリで聞きよった女房殿、ご機嫌であるハズもなく
「えぇ-っ! 今から出るん? しんどいよ、行かん方がええんじゃないん?」
「はぁ行く言うたけぇ・・・いつもライブには来て貰うとるし・・・」
その店もウチから近いけぇ、歩いて行った。

行ったらその店の店主が五中の野球部の後輩のT君じゃった。
最初は 「どっかで見たことあるよね?」 と店主が言うとったが
話をする内に後輩じゃと分かり、懐かしい話もしながら飲んだ。

またワシが座った席の隣に座っとった女性客は昔Sさんの奥さんが経営する店の女の子じゃんか。
すぐに打ち解け合うて、ワイワイ楽しゅう飲ませて貰うた。
五中野球部の昔話を酒の肴に杯も進みました。

懐かしい顔、顔、そして背景

子ども会から祭りのお手伝いと木遣り音頭の練習の案内が来た。
そもそも秋祭り保存会のきっかけは、子ども会のお手伝いから始まった。
これも何かの縁じゃけぇ、出来るうちはお手伝いさせて貰うつもりじゃ。

最初のきっかけはウチの子どもらが子ども会でお世話になっとる時に
ウチの女房殿が役員になり、祭りの大幟を立てるのを手伝えと言われた時じゃけぇ
その時の役員さんらは同年代になる。
っちゅうことは、もう爺さん婆さんになっとんさる、っちゅうことじゃ。

それから、段々と若いお母さん方が子ども会の役員になりんさって、
ワシらもずっと一緒にお手伝いしてきたけぇ、その頃の役員さんの顔も覚えとる。
あの頃べっぴんさんじゃったお母さん方も、はぁおばさんになっとってじゃろうの(失礼)?

時代の流れで、徐々に子ども会のお父さん方がやらにゃあいけん作業を
秋祭り保存会のメンバ-にお願いしたいとの申し出があった時に
子供会役員のお母さん方と対立した時期もあった。

やっぱり、その時期のメンバ-や、その時の背景は、よ~覚えとるねぇ。
秋祭り保存会のメンバ-も年と共に変わっとるかもしれん。
あれから20数年経ちゃあ、みんな年を取るよのぉ。

じゃが、たとえ1年でも子ども会の役員さんになられて、一緒に活動したら
やっぱり多少の人間関係が出来るけぇ、今でも見かけりゃあ挨拶もするし、話をすることもある。
祭りは老若男女、誰でも参加出来るのがええ! そこに世代を超えた人間関係が生まれるもん。
近所付き合いが希薄になっとる昨今、祭りや町内会の行事は大切な役割をしとると思う。

根室市

プ-チンくんがつまらん事言うけぇ、3日も続けて対ロシアの事を書くことになった。

この夏、北海道の納沙布岬を観光した時に、根室市の北方領土への熱い思いを感じた。
根室市に入ると町のあちこちに 『北方領土は日本の領土じゃ!』 みたいな看板を見た。
知床半島の羅臼町では見かけんかったのに・・・

知床半島の羅臼町からは肉眼で国後島が見える。
納沙布岬からは歯舞諸島が見える。
根室市は町をあげて北方領土は日本固有の島じゃと主張しとるように見えた。

昔からロシアは不凍港を求めて南に領地を求めたが、そこには先住民がおり、
未開地ではなく、日本では江戸時代には徳川幕府がおり、明治時代には新政府が見張っとった。

それでも武力で不凍港を手に入れようと南下してきたが、遼東半島では二百三高地が落ち、
日本海では、わざわざヨ-ロッパ、アフリカの喜望峰を経て無敵のバルチック艦隊を
日本へと出陣させたが、東郷平八郎、秋山真之、率いる、
まだ維新から40年余りの日本海軍にコテンパンにやられ、沈められた。

その時の悔しさがあったんかもしれんが、第二次世界大戦で日本が敗戦濃厚とみるや
まだ条約の有効期間中じゃのに、日ソ不可侵条約をホゴにして終戦記念日である
8月15日の1週間前に突如樺太や満州に攻め込んで戦勝国入りした、ちゃるい国よ。

連合国側はこの時、ソ連の参戦を望んどらんかったのに、無理やり連合国の味方して
『この期に日本の領土を占領しちゃれ!』 と攻めてきた根性の悪い国よ。

そがぁな国が、やすやすと北方領土を手放すハズはない。
世界中の世論が批判しても、聞く耳持っとらん、とワシは思うんですが・・・
ウクライナのクリミヤ半島の強奪も記憶に新しいよね?

GDPの高い国じゃない、経済制裁で武力を使わず反省して貰うた方がええ。
経済的な支援を提供して北方領土の交渉しようとしても無駄と思いますよ。

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