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夜店のない祭り

五日市八幡神社の秋祭りに夜店が殆どなくなって久しい。
今でも参道に1つ2つの屋台が出ちゃあおるが、あれだけじゃあ子供たちは来ない。
祭りや縁日といえば屋台、夜店が軒を連ね、そこに子供たちが群がり
そこで行われるイベントを見ようと大人たちも集まり賑わう。

祭りが終わったら当然ゴミも落ちて、その片付けや掃除は大変じゃと思う。
じゃが、それが困ると境内やその周辺から夜店・屋台を追い出したら人は集まらん。
神社と氏子総代の関係がうまくいっとるなら、そんな祭り翌日の境内の片付けなど
宮司さんなどがせずとも総代連中がやってくれる。

神社あっての氏子であり、氏子あっての神社じゃろうに、
宮ノ下町内会と疎遠になってどうする? 氏子総代と疎遠になってどうする?
何とか昔のように神社に賑わいをと思う団体にまで頑なな態度を取ってどうする?
昔の五日市八幡神社の秋祭りには屋台・夜店も多く、それはそれは凄い賑わいじゃった。
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自動列車制御装置

この度の京急踏切事故はその後の利用客に大変な不自由を強いとるようじゃ。
そんなやばい踏切に侵入した運転手の責任が問われるのは間違いないが、
運転手も焦ったじゃろうね? 逃げ出したい気持ちじゃったろうが、
逃げだしたら家族にまで代々汚名が降りかかる。

そんな狭い道路に侵入したのが、そもそもの間違いじゃろうが
それに気づいても大型トラックじゃったんで引き返せんかったんじゃろう。
もう後ろからクラクションを鳴らされようが停止して、警察に連絡するしかなかったと思う。

京急は自動列車制御装置の設備をしとらんかったようじゃが
今の同装置は障害物の手前で列車が止まるようになっとるんかいの?

というのが50年前、ワシもJR五日市駅西側の踏切で、前の車がジャマをして
踏切内に閉じ込められ急行列車を停めたことがあるのよ。
この踏切にも踏切内に異物があると自動的に列車が停止する装置があった。

じゃが、実際にはワシの車を通り越して長い列車のほぼ中央が踏切の中心くらいで止まった。
これじゃあ意味がないじゃろ? ワシは遮断機を押し曲げて車が列車に接触せん位置まで
車を寄せとったんで列車に衝突はせんかったんじゃが、前に書いたような位置で
急行列車は停止し、乗客が各窓から顔を出して
『こいつのせいで列車が停止したんじゃ!』みたいな顔で睨まれたのよ。

五日市駅から数人の駅員が走ってきて、ワシは駅まで連行されたんじゃが、
急行の運転士が広島駅から連絡してきて
『今回は初めてじゃけぇ許してあげて下さい』との穏便な計らいにより無罪放免された。

もうあれから50年経つけぇ自動列車制御装置は改善されとるんじゃろうね?

今夜はお休み

『いよいよ神楽祭りまであと2週間ですね?』
そんなラインメ-ルを遠くから受け取り、『ホンマよ! あと2週間じゃ!』と気付いた。
まだまだ先、来月のことじゃと思うとったが、9月に入ったんじゃ。

仕事も趣味も保存会の事も、暑い夏には1つ1つこなしながら、『涼しゅうなってからの事』と
ずっと先のことのように感じとったが、長引く秋雨前線の心配をしよったが、
時は刻々と刻まれとったんじゃね? もう9月なんじゃ。
今朝なんか窓を開けると、秋の気配を感じる風が入ってきた。

記念イベントである神楽祭りの準備を進めながら大祭の準備も怠りなく
執行部役員さんたちは大忙しじゃ。
今週はウィ-クデ-に2回飲み会があったんで今夜は休肝日に当てた。
11月のライブの打ち合わせも仕事がオフになる午後からにした。
夜、出かけると、どうしても飲むことになるんで今夜はお休みにしてゆっくりさせて貰うた。

維新はたったこないだ

夜、眠とうない時は無理に寝ようとしない、本を読んだりパソコンしたり。
ベッドの横の棚に本が何冊も置いてある、お気に入りの本ばかりじゃ。
先日、津本陽の『清水次郎長』を読み終えて棚に返したところで、
2~3日前から眠とうない時、その横に積んであった『坂の上の雲』の第1巻を手にとった。
もう3回は読んだ小説じゃが、1巻の書き出しのフレ-ズが好きで棚に置いてあった。

書き出しだけを読むつもりじゃったのに・・・
次々と読み進み、また次が読みとうなった。
清水の次郎長と同じ頃に坂の上の雲の主人公も日本を背負い、生きとったんじゃと
なんか清水の次郎長の続きを読んどるような気になり、
この時代の元号が耳に馴染みのある元号なんで、どこか親近感を覚え
自分もこの時代に生きとったかのような錯覚を覚えた。

江戸時代末期、安政の元号は中学の歴史に出てくる『安政の大獄』でみんな知っとるが
その前の弘化を知る人は少ないと思う。
清水の次郎長は弘化の時代には博徒となり、その世界で売り出し中の頃じゃ。

五日市の神輿は弘化3年に造られたものじゃと知っとるのは
めげたまんま輿倉に収めてあった西地区の神輿を自分らで直した
現在の西地区秋祭り保存会の初期のメンバ-くらいじゃろう。
神輿の裏側に墨で、当時その神輿を造るために寄付をした人の名前が記してある。

その神輿をワシら今でも担ぎよるんよ。弘化3年に造られた神輿を。
清水の次郎長が活躍しとった頃に、造られた神輿を。
その頃、どんな形で担がれとったんか知らんが西地区だけじゃのうて
東地区の神輿も北地区の神輿も一緒に造られたんじゃろうね?
それが、もっと前から伝わっとった神輿が古うなったんで、その時、造り変えたんかどうか
それは分からんのんじゃが、東・西・北・と揃うとったんじゃけぇ
当時から神輿同士の喧嘩をしとったんかどうか?

弘化の時代も短かったみたいで幕末の安政、慶応の頃は神輿はまだピッカピカじゃったんかも?
その安政時代に『坂の上の雲』の主人公の一人、秋山好古が生まれた。
間もなく倒幕、明治維新を迎え、薩長が要職を占める時代を
伊豫藩出身の秋山好古らが力強く生き抜いて行く。
維新は、ついこないだの事なんよのぉ・・・。

雨が止んだ合間に

今週はずっと天気が悪い。
広島を直撃した割には大した被害のなかった台風10号じゃったが、
この台風前後から、ちいと朝晩の暑さに変化があるような、ないような。

夕方帰宅した頃には雨も上がり晴れ間も覗いたんでウォ-キングに出かけた。
今日は昼前から雨模様で夕方は蒸し暑かったが汗を流した。

帰りにM醤油の前を通りがかったら入口に神楽祭りのポスタ-が見えた。
ほ-じゃった、ほ-じゃった、協賛金をいただきに来た時にポスタ-も持ってきたんじゃった。
『ええよ、ええよ、私が貼っとくけぇ』
その言葉に甘え、後日ウォ-キングの時に貼って貰うとるのを確認しながら
剥がしに行くのを忘れとったわい。

慌てて、まだ開いとった事務所に声をかけると、おっちゃったんで
礼を言うて剥がさして貰いました。
友達を誘うて見に行くと楽しみにしとって様子じゃった。
『あんたもバンドやったり、祭りやったり、歩いたり忙しいね? 仕事しよるん?』

汗だくのワシの姿を見て腹を抱えて笑われたよ(笑)。
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