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さくらパレ-ド

昨年のさくらパレ-ドには秋祭り連合会として西地区の俵1基で参加したが、
パレ-ドの行列を乱すからと今年は声が掛からんそうじゃ。
昨年はさくらパレ-ド実行委員会からのオファ-に応える形で参加したが
反省会で 『秋祭りの俵みこしは沿道の人の反響はエカッタが、ああ間が空いたんじゃ交通整理の者がたまらん』
との意見が出て今年は声を掛けまぁとゆ-事になったみたいじゃ。

たしかに俵みこしは一旦下ろしたら木遣りで上げるんで、間が空いてしまう。
神輿ならすぐ上げることが出来るが俵みこしはそうはいかんのよ。

実行委員会の交通整理の担当者からすると1つのグル-プと次のグル-プに間が空き過ぎると
信号との絡みもあり想定以上に間が空いてしまうことになり、しらけるらしい。
なかなか難しいものじゃのぉ・・・。
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25年前

あの阪神大震災から今朝で25年過ぎたんじゃそうな。
あの時のことは今でもハッキリ覚えとるよ。
ワシは広大移転に伴う学生アパ-トの建築ラッシュのため
東広島の現場に行くため早起きして、今の自宅でちょうど朝食中じゃった。

今まで感じたことのない揺れに、ただごとじゃないと直感、すぐに女房殿に
「テレビつけてみ」 と言うたが、すぐにはテレビも速報しとらんかったが次第に
『関西で地震があったようです』と伝えたが、その時画面で確認できたのは
京都あたりで確か震度4くらいの速報が流れ、震源地の神戸などの震度は伝えられてなかった。
ワシは京都の震度だけ見て『それほどの事でもなかったか』と思いながら家を出た。

それから夕方までカ-ラジオもつけず、仕事のことに集中しとったんじゃろうね、
夕方、翌日の現場の打ち合わせに行って、初めてこの大惨事を知った。

『ウチは予定通りで構わんが、商品が届くのか?』の質問の意味が理解できんかった。
「商品は間違いなく手配しとるんで届きますよ」
『ほいでも、あちこち道路が寸断されとるらしいじゃないか、商品はどこから来るの?』
「道路が寸断? 何でですか?」
『あんた、何も知らんの? 大阪で大地震が起きて600人位の人が亡くなっとるらしいで』

ビックリこいてすぐに車に戻りカ-ラジオ-をつけたら、
その時点で死者は1000人を超える大惨事じゃと興奮した様子で報道しとった。
結局6000人以上の尊い命が失われ、女房殿の親友は目の前で息子さんが
息を引き取るのを、ただ見るしか出来ない虚脱感を感じておられたらしい。
自宅の下敷きになっても救助の手が間に合わんかったらしい。

昨年、わが西地区の秋祭り保存会は発足25周年を迎えた。
という事は、この大惨事の1年前に『喧嘩神輿の復活』を目指して立ち上げたという事じゃ。
みんなの力で20年かけてやっと喧嘩神輿三基が揃い踏み出来た時は感慨深いものがあった。

下の写真は東地区の保存会から提供されたものじゃが
25年どころでない、たぶん55年くらい前の俵みこしと現在の俵みこしじゃ。
IMG_0409.jpgIMG_0410.jpg
写真の大きさが違うたのぉ・・・ま、勘弁しつかい。

ええ年になりますように

今日で仕事納めのところが多かったように思う。
もちろんサ-ビス業の人や金融関係、郵便関係、小売業の仕事の人など
他人が休んどる時に仕事をする職業の人も多い。

わが西地区秋祭り保存会からメ-ルで大晦日の晩に神社に集合して
拝殿に上がっての初詣に参加を呼びかけがあった。
今では西地区の元旦の恒例行事となったが、そもそも現会長と神社で大晦日の夜に
毎年出会い、その内、一緒に光禅寺に除夜の鐘を打ちに行ったりするようになり
徐々に保存会のメンバ-が集まるようになって、いつの日か半纏着用になった(笑)。

そして初詣の帰りにコイン通りで居酒屋をやっとった東のIさんの店に寄って帰るようになり
店でも雑煮を用意してくれたりするようになったが、ある年、店主のIさんが
ワシらが行くまで飲みながら待っとったようじゃが、待ちきれず店を閉めて帰ってしもうた。

店の下までワシらがたどり着いた時に、バイクですみませんと言いながら帰るIさんとすれ違うた。
翌日じゃったか、Iさんから侘びの連絡が入ったがワシはこらえんかった。
事情があって店を閉めるのは致し方ない、それは許せるが
飲みながらワシらを待ちよった人間がバイクに乗って帰っちゃあいけまぁで。
飲酒運転を黙認することは出来ん。

それから何年間か折に触れ、Iさんからメ-ルが入ったが一切店には寄ってない。
何度か事務所にも来て貰うたが、受け入れることは出来んかった。
美味しい店で、ワシのお気に入りの秘密の店じゃったが、残念なことじゃ。
毎年、大晦日が来るとその事を思い出す。

みなさま、健康に新しい年を迎えられますように。
そして来る年も、みなさまにとってエエ年になりますように。
五日市祭り連合会にとってもエエ年になりますように。


最近はワシは孫娘がついてくるというんで二人で一緒に行くようにしとるが、今年は行かれん。
IMG_0589.jpg

喧嘩神輿は

以前どこかに書いたが、ワシらが担ぎよる神輿は弘化3年に作られたものじゃ。
その頃活躍した日本の歴史に名を残す人は明治維新があったんで多い。
坂本龍馬、西郷隆盛、東郷平八郎、秋山兄弟、正岡子規、清水次郎長等々。

現在に至るまでとなると、この神輿は様々な歴史上の人物と同じ空気に触れ、
日本が激変した時代を修理されながらもほぼ同じ姿で今に至り
江戸末期に吸うた空気を今、吐き出しとるかもしれんのんじゃのぉ・・・。

ウチの親父も同じ神輿を担いだじゃろうし、ひょっとしたら爺さんも、曾祖父さんも?
ひいひい爺さんは江戸末期の生まれじゃけぇ、担いどるかもしれん。
縦棒もひょっとしたら弘化3年に作られたものがそのまま今に至るんかもしれん。
江戸時代に生きた人の汗と令和を生きた人の汗をも吸うとる縦棒かもしれん。
そう思うたら感慨深いものがあるよのぉ・・・。

連合会

今日は秋祭りが終わって、連合会として初めての会合があった。
いろいろ反省会としての意見が出て、みんな五日市の秋祭りの将来を
真剣に考えてくれとってじゃのと、嬉しく感じたねぇ。

じゃが何よりワシが嬉しかったのは懇親会に移ってから知ったニュ-スで
ワシにとって、たぶん他の西地区の仲間にとっても吉報のハズじゃ。

西地区秋祭り保存会が進もうとする道が、デコボコ道や泥にまみれた草だらけの道じゃったのが
きれいに草も刈られ、舗装されたきれいな道に見えるほどに思えた。
ほ-か、ほ-か、えかった、えかった! 焼酎が全身に染み込んで
全身が心地よい酔いに包まれて行くのが分かり、笑顔を隠せなんだのぉ。

今日は大相撲の千秋楽、九州場所の千秋楽でもあり、今年の千秋楽でもあった。
白鵬が大相撲ファンや相撲協会、横綱審議委員会からの非難に開き直るかのように
今日も張り差しで大関貴景勝を破って優勝に花を添えた。
日本人に帰化して初めての優勝じゃとか? 日本人と認めとぉないよのぉ・・・。
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