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公民館祭り

今日は公民館祭りじゃ。
1年を通して太鼓の練習は公民館でお世話になっとる。
公民館祭りはその締めくくりとなる行事じゃ。
今年もオ-プニングを務めさせていただく。

今日は寒いけど、まだ室内じゃけえ、ええ。
何年か前までの公民館祭りの開会式は玄関の外でやっとった。
小雪が舞う中を法被衣装で待つのは辛かった。
公民館祭りも、過去いろんな思い出があるのぉ・・・。

もうちいとしたら出かけにゃあならん。
いざ、出陣!

写真は芸北の秋祭りの準備の様子img-705135113-0001_1.jpg
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神楽

神楽・・・ワシらが小さい頃からヨゴロに目にした。
じゃが、ワシは神楽にはまったく興味を示すことはなかった。
今でもKさんらが何とか続けとってじゃし、
何年か前には広島県の無形文化財に指定されちゃったほど伝統がある。

その神楽に興味を抱いたのはT会長の影響じゃ。
「サンプラザで神楽の競演大会があるが行かんか?」
まったく興味がなかったんで丁寧にお断りした。
「囃子の太鼓でも参考にしてみいや」

ちょうどその頃、俵みこしの若い担ぎ手を集めるために
『和太鼓でもやって若い人に関心を持って貰おう』と
現在の太鼓部を起ち上げ、見よう見まねで和太鼓を始めたばっかしじゃった。

「ほいならバチさばきでも参考になろうけえ行ってみるか?」
今のH副会長を誘い3人で見に行ったのよ。
この時見たんが、その年優勝した横田神楽団の『滝夜叉姫』じゃった。
やっぱし一流のものは何でも凄い! と目を見張った。
それまでワシが知っとった神楽とは全然違い、迫力満点じゃ。

以来、何回かT会長のお供をして神楽見物に北広島町の方まで行く事にもなった。
神楽ファンが意外に多いのにもビックリした。
その頃、以前から知っとったYちゃんも年季の入った神楽ファンじゃったらしく
「神楽門前湯治村」まで土曜日の夜、デ-トしようと誘うてきた。

若うてべっぴんのYちゃんに誘われ、断る理由もあるまぁ?
土曜日の夜は神楽団の練習風景が見られると誘うてくれたんじゃ。
その時もちょうど横田神楽団が練習する日で、館内は満員よ。
ワシら宿泊者でない者は観客席の後ろで立ち見じゃけえ。

その時、最初は衣装も面も付けずに練習しとる連中が若いのに気付いた。
それまでおっちゃんらばかりで舞いよってんじゃと思うとったが目からうろこ。
これならYちゃんみたいな追っかけがおっても無理ないと感じた次第じゃ。

写真は11年前の芸北は旭温泉での女性神楽団の太鼓102-0282_IMG_1.jpg

楽々園

ちいと体重が高値安定しだしたんで再びダイエット。
そして再びウォ-キングを開始。
楽々園方面、美の里辺りまで寒空の中を歩いた。

ワシらが小さかった頃、今のショッピングモ-ルの所は遊園地じゃった。
遊園地の名前が『楽々園遊園地』で、広島からも客がえっと来よっちゃった。
ウォ-タ-シュ-トや園内周遊のミニ列車、ゴ-カ-ト等々
遊具や乗り物もえっとあって、そりゃあ子供にとっての楽園じゃった。

動物園も一緒の遊園地みたいで、本格的な動物園ほどじゃないが
いろんな鳥や動物がおったように記憶しとる。
園内には塀と堀に囲まれた猿山があり、サルがえっとその山に放し飼いされとった。

今の三筋橋なんか無く、ヤマダデンキ楽々園店の南側が海岸線で
海水浴場が広がり、飛び込み台もあったし、シャワ-室も完備しとった。
海水浴場の東側には塩田の跡じゃと聞いた砂浜があった。

干潮時には潮干狩りを楽しんだ海岸線は年月と共に遠く沖に逃げたが
手繰り寄せる遠い記憶にはタイヤのチュ-ブの浮き輪に乗った
ワシと弟を引っ張る父親の姿を見た。

そんな想いをめぐらせとる間に30分のウォ-キングは終了した。

写真は木遣り音頭を収録した時の様子。これがCDとなった。IMG_2636_1.jpg

蕎麦屋さん情報

昨日、契約したお客さんとこで『蕎麦』の話になった。
お客さんの義弟が奥出雲に一時住んどりんさったという話から
「そ-言やぁ、昨日鶴瓶の家族に乾杯で奥出雲が舞台じゃったが・・・」
と、つい2日前に行った奥出雲の話で盛り上がった。

お客さんも蕎麦好きみたいじゃし、よう山陰地方へドライブに行ってみたいで
話がよう合うんよ。ほいで美味しかった蕎麦屋の話になった。

殆ど奥さんが一方的に話してんじゃが、ご主人様が合いの手を入れる感じで
関西の漫才を聴いとるようで楽しくおしゃべりさせて貰うた。

ご主人様は美味しかった蕎麦屋の情報を全て携帯に取り込んどりんさって
「ちょっと待ってよ」と言いながら携帯からその蕎麦屋の情報を取り出し
ワシに見せてくれんさった。屋号はもちろん住所も電話番号も入っとる。
早速、ワシもその情報をノ-トに頂きました。

出雲大社

日曜日に紅葉見物と新蕎麦賞味のドライブしとったら
安来まで出たんで、ついでに出雲大社にお詣りしてきた。
ついでにじゃの言うたらバチが当たるかもしれんし、
ここは2礼4拍手1礼じゃのに、知らんもんじゃけえ
いつものように2礼2拍手1礼して帰ったけぇご利益ないかもね。

60年に1度の本殿建て替えが完成して間が無いんで
ピッカピカの本殿を予想しとったが、渋い色合いに仕上がっとったよ。
正面から入ったら本殿は見えんけえ、裏側に回り
後や横から写真を撮らして貰うた。

ここの神様は『大国主命』でとか、えっと知りもせんのに書いたら
会長からお叱りを受けるじゃろうし、幹事会の時に話が長うなるけえ触れまぁて。

周辺に行列の出来とる蕎麦屋さんが2軒あったが美味しいんかね?
あの行列に並んで食べようとは思わんかったが気になる。
あ-ゆ-店は人が行かんような日に行くに限る。

写真は新装した出雲大社本殿の後ろ姿、横姿IMG_3777_1.jpg
IMG_3780_1.jpg

新発見蕎麦処

昨日はええ天気じゃったんで、もう遅いとは思うたんじゃが
比婆方面から奥出雲、安来、出雲、太田と紅葉を訪ねて車を走らせた。

当分、食べさせて貰うとらんワシの『お気に入り蕎麦』も目的の一つで
何とか開店時間の11時半には間に合うたんじゃが
今からというのに席は満席な上に待合室も超満員じゃ。
これじゃあ1時間はゆうに待たにゃあいけんと思い、今回も断念。

奥出雲で一日ゆっくり楽しもうと思うとったんで
またどこかで『蕎麦祭り』みたいな事やっとるじゃろうと
ゆっくり走ってみたんじゃが、今回はどうもやってなさそうじゃ。

『奥出雲蕎麦』として名前が通ってきたんか、新しい店の看板も目立つ。
そんな中から幟を頼りに探した店がエカッタ。
ロケ-ションは国道からちょいと山へ入っとるし、道路からも見えんし
幟が無かったら地元の人しか来んじゃろうというところに
古民家を改装した『暖々』という店があった。

「どがぁなんか入ってみるか?」と駐車場に車を停めIMG_3771_1.jpg

入り口の石畳を歩くと右側に水たまりのような池がある。
石とかコンクリ-トで人工的に造ったような池じゃのうて
昔からあった大きな水たまりのような池に鯉が泳いどる。

昼前なのにお客さんが4組ほどで空席が目立つ。
お茶を持って来てくれた、きれ-なお嬢さんに聞いたら
今年の4月にオ-プンしたばっかしじゃそうな。
何がお奨めかと聞いたら『割りこ』と言うんでそれを注文。

今回も食べ損のうた処は5枚の割りこ蕎麦に其々別の具材が乗っとるが
『団々』の割りこはシンプルに蕎麦だけじゃ。
ほいじゃが麺がすごいしっかりしとって実に美味!
「あちこち書いたらまた人が増えて並ぶようになるよ」と言われても
客が来ずに店が無うなってもいけんので、ここで宣伝しとこうて。

奥出雲の横田町へ行くような事があっつらぁ寄ったげてつかぁさい。

太鼓演奏

今日は新宮苑公園で『佐伯祭に来てみん祭』が開催されとる。
五日市公民館でもア-トフェスタが開催中、
五小の運動場でも何やらやっとるんで五小の駐車場は満車状態。
昨年までは余裕で停めれとったのに、みんなこっちへ駐車しとる。

いつもボランティアで準備を手伝うとってMさんが声を掛けてくれた。
近くの散髪屋の奥さんも、いこい荘の管理人さんも声を掛けてくれる。
「太鼓、頑張ってね!」

昨日、お客さんとこの下見の約束をしたんが今日の午前10時。
今日の太鼓のこと、完璧に忘れとったんよ。
9時半が開会式で、そのすぐ後に太鼓の演奏じゃけえ
完全にダブルブッキングしてしもうた(汗)。

夜、その事に気付いてタイル屋さん一人で行って貰うよう頼んだ。
さっき太鼓が終わってタイル屋さんに連絡とったら、もう行って帰ったとの事じゃ。

ワシらの演奏の後、ease舞いの人らが準備しおりんさったけえ
同じステ-ジで舞うてんじゃろうが、ease舞いさんも、よう出てじゃて。

写真は秋祭りの時のease舞いさんCIMG3118_1.jpg

かばい手

左肘の腱鞘炎で「太鼓はしばらく休め」と先生に言われたが
今年も残り3公演、その内ワシが行けるのは2つ、
全員が揃う公演は一つもない。
出れるものは出て終わりにしたい。

今日もお客さんとこで腱鞘炎の話になって、ええもん教えて貰うた。
ノ-トには名前を書いとるが、今、思い出せん。
とにかく人がええっちゅうもんは全てやってみる。
今日もその人がええというピップエレキバンみたいなんを張って貰うた。

夜、風呂に入ってそれを張り直し、医者で貰うた湿布を張り、
医者が言うように氷で患部を15分間冷やした。

今夜は太鼓の練習日じゃったけど、本気で叩けんのよ。
左手をかばいながらの練習で、叩いとってもおもしろうない。
やっぱし太鼓は思い切って叩かにゃあねっ!
じゃが2回の公演が終わるまでは大切にしとかんとね。

ささやかに

『ささやかに一杯やりましょうや』そう東のAさんに以前から打診しとった。
それがゆんべ急に決まって、AさんNさんと3人で杯を傾けることになった。

「まずはお疲れ様でした!」
話は当然祭り一色で、ここまで来る苦労話や楽しい話で盛り上がった。
東地区も今年は法被が足らんくらいの人数が集まったみたいで
女みこしも担ぎ手は多かったと聞いとるけえ、全体として人数は多かったみたいじゃ。

AさんもNさんも祭りに一生懸命取り組んどってんが分かる。
二人とも話が熱いんじゃけえ、ワシたじたじよ。
元来、酒にも女にも弱いワシは酒にも酔うたが、雰囲気に酔うて嬉しゅうなって、
帰りの足取りも軽いのよ、スキップして帰ったくらいじゃ(笑)。
帰りにわが本陣の前を通ったが、さすがに真っ暗じゃった。

祭りを通じて知り合うた3人、多少の年の差を越えガッチリ握手。
五日市がみんな好きなんじゃね。
Nさん笛を吹きたいとか言うとんさったが・・・
ウチにええ師匠がおるんじゃけどね。

CIMG3113_1.jpg

今年の東の神輿

夜店

今年の秋祭り、『八幡神社を賑やかに』と大勢の人が協力してくれ
露店を出してくれたり、神楽のステ-ジではイベントがあったりと
昨年に比べて確実に人は多かったみたいじゃ。

じゃがテキヤによる夜店は宵宮で神社の参道に3店舗だけ。
大祭当日はその3店舗も全部引き上げてさみしいもんじゃった。

ワシらが子供の頃は参道の両側にびっしりと夜店が並び
子供は俵を担いで貰うたこずかい持って神社に行ったもんじゃ。
どの店も子供たちがいっぱいたかって繁盛しとった。

狭い参道の両側に並んだ露店で、ますます狭うなった参道を
俵や神輿が通ったんじゃが、よう通ったよのぉ・・・。

今は参道沿いの家も自家用車のガレ-ジがあったりして
露店を設置しにくい面もあるんじゃが、それにしても少ないで。
今はそがぁな事出来やぁせんが、見世物小屋なんかもあって
親からそがぁな所へ行くなと言われとったが、
『行くな』と言われりゃあ行きとうなるんが好奇心旺盛な子供、
じゃが入場料は持ち合わせとらんけえ、テントの中を覗き見る。

昭和は遠くなりにけり。

楽しそうによさこいソ-ランに興じる事務局長、
傍ら会長は? CIMG3121_1.jpg
あれれれ・・・お疲れのご様子でござった。

物干し竿

昨夜、旧友が遠くから訪ねてくれ、祭りの話になった。
もう五日市の秋祭りを何十年も見とらんという。

ワシらが祭りの準備を年から年中やっとる言うたらビックリしとったが
昔は祭りゆ-たら大きなバタンコに山ほど竹を積んで売りに来とったのを覚えとった。
「今はワシらの地区だけ山に竹を切りに行って飾るんよ」
「他の地区は大幟がちいと立つくらいのもんよ」とも言うたら
「昔は祭りが終わったら物干し竿が新しゅうなっとったが、その竹じゃったんか?」

彼も昔の事は、よう覚えとるみたいで、物干し竿がキ-ポイントじゃったみたいじゃ。
どの家にも竹が立ち、提灯を出し、祭りの雰囲気があったと。
どの家も親戚を呼んでバラ寿司をようけ作って迎えた。
ほいで喧嘩神輿が通る時間になったら一緒に見に行った。
どこの家も五日市は同じじゃったんじゃね?

彼は勉強が出来たけえ高校から呉高専に通い、大企業に就職。
そのまま関東に住居を構え、もうそっちの人間になっとるけえ
昔の五日市の様子は、よう覚えとるみたいじゃ。
彼もワシも同じワ-クブック組じゃったんじゃが、
何故か彼は青年団には入っとらんけえ、喧嘩神輿は見た思い出しかないみたい。

じゃが祭りが賑やかじゃったことは二人ともよう知っとるし、
縁日の楽しさもみんな共通の思い出で、祭りの話は尽きんかった。
「今度、祭りを狙うて帰って来るかの?」
そう言い残して旧友は帰って行った。

今年の俵もみの時の集合写真CIMG3014_1.jpg

若宮さん

16日の土曜日は若宮神社の祭りじゃった。
ここ数年、毎年、太鼓部は奉納太鼓を演奏させて貰うとる。
ワシは2年続けて参加出来とらん。
昨年は何でじゃったんかいの? 旅行? 法事?

木曜日に会長のとこへ『佐伯祭にきてみん祭』の資料を持ってった時、
竹爺と会長が裏山から破竹のような細い竹を切りだし
自転車で太鼓の会場へ飾り付けに行くところじゃった。
ただ演奏をしに行くだけじゃのうて、舞台の演出を工夫する会長らしい仕事じゃ。

昨日の夕方、家でギタ-の練習しとったら若大将から電話があり、
『家におってんなら、今から行くけえ』と連絡があった。
間もなくもみじ饅頭を手にやってきた。
「何?これ。 今年は車も貸しちゃあおらんのに・・」
「いや、いつもお世話になっとりますけえ」
「いやいや何もしちゃあおらんよ」と言いながらも饅頭は受け取った(笑)。

若大将が帰って行った後すぐ「よいよ、こんなん貰うたで」と
女房殿に言いながら早速包装紙を開き
「せっかくじゃけえお茶にするか!」
先ほどまで孫たちのお相手をしてくたびれたけえ
ええ休憩になりました。瀬戸の川のみなさん、いつもすみません。

ポ-ルマカ-トニ-

早ようから申し込み、抽選に当たったチケット握って
ヤフオクド-ムへ行って参りました。
もちろん元ビ-トルズメンバ-のポ-ルマカ-トニ-のコンサ-トへ。

チケットのNOから前の方とは思うとったが一番前じゃ。
ワシの前はバリケ-ドじゃけえ。
ただステ-ジ右端で、それでもかなり遠かったで。

ヤフオクド-ムのレフトスタンド辺りにステ-ジが組まれて
スタンドの人は、望遠鏡がなけらにゃあ見えん位じゃったろうの?
わが保存会会長と同い年のポ-ルはエネルギッシュじゃったで。
先に大阪公演を体験したIさんのレポ-トによると
『すげぇ-!の一言』とあったけど、ホンマすげぇ-の一言じゃ。

世界的なア-ティストのコンサ-トは若い頃に大阪で観た
レッドツェッペリン以来じゃが、今回はびっくらこいたで。
入場するのにも時間がかかったが、出るにもすごい人で時間がかかった。
博多では同夜、山下達郎のコンサ-トもあったとかで
歩道は人、人、人でごった返しとったよ。

コンサ-ト後に食事に中洲に出たんじゃが
そこの店主も「今日はこの時間からでもお客さん多いんですよ」と
ポ-ルと達郎に感謝しとると言うとんさった。

博多では『ゴマサバが食べたい』とワシがリクエストしとったもんじゃけえ
夜遅くても営業しとる店で『ゴマサバ』を提供してくれる店を探し
予約して貰えとったお蔭で『ゴマサバ』にありつけた、感謝。

博多駅からホテル、ヤフオクド-ム、糸島リゾ-トへと車で案内され大満足。
車内にはワシの好物の飲み物、ラミ-等々用意され
至れり尽くせりの待遇に感謝、感謝の博多行じゃった。
ポ-ルは指が長いわいや、あれならギタ-もピアノも上手に弾けそうじゃ。
ワシらみたいな短太い指じゃあ、所詮楽器は無理なんかもしれん。
やっぱしクワとかスコップを持つ方がお似合いじゃ(笑)。

もう博多じゃん!

今日のニュ-スで九州場所を観戦中のポ-ルが映っとるじゃん。
もう博多入りしとるんじゃ!やっぱし話題の人じゃのぉ。
ワシも九州場所が見とうなったよ(笑)。


さて明日は朝からせわしい、今夜は早めに寝とかにゃあいけんで。
西へ北へ東に、そして西へ、目まぐるしゅうに動き回ります。
ワクワク、ドキドキ、楽しみじゃのぉ

感動

一昨日、秋祭り保存会のIさんからメ-ルが入った。
『ただ今、大阪に移動中、お先にポ-ルに会ってきます』
太鼓の練習の時に、ポ-ルマカ-トニ-のコンサ-トに行くんじゃと話をした。
その時は「ええですねえ、僕も行こうか悩んだんですよ」と言うとったのに
大阪公演が追加になったんで、「お先に」となったみたいじゃ。

生レポ-トをして貰いながら、大阪ド-ムの雰囲気を味わう。
コンサ-トが終わったんが夜の10時頃じゃったみたいで、
『今、終わりました。すげ-の一言です』
それだけで感動が伝わってくる。
明日はワシも経験できると、今からワクワク感でいっぱいじゃ。

感動といえばこないだ楽天の日本シリ-ズ第7戦、
昨日もその様子をテレビで深夜、やっとったけど何べん見ても感動する。
ワシもまだまだ若いが、今まで何回か感動する場面に出会うた。
これから先、どんだけ感動さして貰えるんか、
自分にも人を感動させるだけのモノがあればとつくづく思うが
残念ながらそがぁなもん持ち合わせとらん。

今から野球を始めてものぉ・・・
今からそば打ち始めてものぉ・・・
始めても極めにゃあつまらんけえのぉ・・・

ま、ワシらみたいに感動する側の者もおらにゃあ
感動を与える方側もせ-がないけえのぉ?
感動する側がえっとおらにゃあ、『感動』という言葉も生まれんかも。
そ-ゆ-意味じゃあ、ワシら一般人も重要な役割を担うとるんじゃ。
エカッタ、エカッタ! 今から何か極めにゃいけんかと思うたで。

写真は今年の女みこし(ワシらくらいの人もおってのようじゃ)CIMG3106_1.jpg

最後の喧嘩神輿つづき

神社で神幸祭があった後、くじ引きで決めた順番に出発。
昔は往きも帰りも道順は一緒じゃった。
たしかワシら西は2番目じゃったと思う。

松村呉服店の前の三叉路やそのすぐ西の松岡さんとこの三叉路は
ようぶつけ合いの戦場になったように記憶しとる。
揚地区の田んぼの間を通る頃は沿道の観客は少ないが
西地区の加藤医院の三叉路周辺から沿道は黒山の人だかりじゃ。
子供はちょんま(肩車)して貰わんと、とても見えん。

神輿周辺には、この辺りから法被を着とらん青年団OB連中も混じってくる。
いざ喧嘩が始まったら即加勢しようと思うとる連中じゃ。
青年団として別に頼んどる訳じゃなかったと思うんじゃが
自分が出身の支部に勝たせたいという優しい(?)親心じゃろうね。

その年も松村呉服店とサンコ-輪業さんの前で戦いの火ぶたは切られた。
ワシは白法被着とるけえ前棒に行かされた。
挟まれんようにせにゃあいけんのもあるが、逃げられもせん。
武者震いしながらも気合が入ったのを覚えとる。

神輿をぶつけながら担ぎ手はもちろんOB連中も頭に血がのぼり騒然となった。
東の支部長は今も怖いIのSさんじゃ。大声で威嚇する。
西の支部長も負けじと奮戦、いつの間にか頭をカチで殴られ流血しとってじゃ。
傍らではSさんのお兄さんのMさんとワシらが幹部Oさんとが殴り合いじゃ。
Oさんも鼻血出しながらMさんの首を絞める、壮絶な喧嘩じゃが止める者はおらん。

神輿どうしが離れた瞬間、東の支部長のSさんがワシら西の応援部隊の広陵生を
片っ端から殴ってきたのを覚えとるが、前棒におったワシは不思議と殴られとらん。
後日その訳を先輩であるSさんに聞いた事があるが「可愛かったけえよ」じゃと(笑)。

前年度の祭りで警察から喧嘩は止められとったけえ、警官が近くにおったんか
神輿の間に割って入って(この警官も度胸があるが)
「鎮まれ!鎮まれ! この紋所が目に入らぬか!」じゃないが、一括!
大喧嘩は何とか収まったが、これが最後となり、青年団は解散。

それから祭りに関わっとらんけえ、よう知らんが
氏子青年団が子供たちに小さい神輿を担がせ塩屋神社までの渡御は
西の神輿が31年ぶりに復活させるまで続けられた。
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最後の喧嘩神輿

あれはワシが高校3年生の秋じゃった。
前年に事故があって、警察から秋祭りの目玉
神輿のぶつけ合い(喧嘩)が禁止された。
各青年団の支部長を通じてワシらにも通達はあった。

「今年から喧嘩出来んのんといや」
「何でや!つまらん事よのぉ!全然おもしろうないで!」
そがぁな事を言いながらいつものように祭りの準備は続いた。

その年からワシは白法被を着いと支部長から言われた。
みんな青法被じゃのに幹部は白法被なんよ。
『ワシが幹部?何で?』と思うたが
その時の支部長に気に入られとったんかもしれん。
「丸くん、丸くん」と可愛がって貰うた。

祭り当日、午前中は今と一緒で俵を担いで町内を練り歩く。
腹ごしらえしてから、会館を徒党を組んで出発じゃ。
神社まで全員が走って行く。これがまた勇ましいのよ。

道中、瀬戸の川の沖中という八百屋まで来た時、
前から二人乗りのバイクが勢いよく走って来た。
向こうはワシらがよけてくれると思うたんか、
そのまま徒党の先頭にスピ-ドを落とさず突っ込んで来た。

「おっどりゃあ!何しゃあがるんなら!」
先頭を走る支部長は運転手の襟首を掴んでそいつを引きずりおろした。
すでにその時には何発かパンチが顔面に炸裂しとった。

相手の運転手も向こう気が強いヤツで鼻血を出しながらも
起き上がって支部長の腕をねじ上げようとするが、
多勢に無勢、周りの仲間からボコボコにされ道路端に投げ捨てられた。

支部長は何事もなかったかのように「行くで!」と皆に声を掛け
皆も「オ-ッ!」と何もなかったように神社へ向かうた。
ワシら気の小さい者は、この事件だけでションベンちびりそうじゃった。

翌年、この暴走族の運転手と偶然出会い、仲良しになった。
写真は今年の東と西の神輿ぶつけ合い
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つばき(椿じゃあないのよ)

ゆんべの幹事会に竹爺は酔うて来んさった。
サラリ-マン時代のOB会があったらしゅうてご機嫌さんじゃ。
ワシの隣に座って貰うたんが失敗じゃったよ。

会議中にもぶつぶつと人の発言に対してつけ声をつけとんさったが、
木遣りじゃあないんじゃけえ、つけ声は要らんのよ。
懇親会に入るとごきげん度は増し、大きな声でしゃべりんさるのよ。
口の中へ食べたものがある状態で大口あけてしゃべりんさるけえ
ワシの焼酎のジョッキに手で蓋をせにゃあいけん程なんよ(苦笑)。

それが酔うとんさるもんじゃけえ同じ事の繰り返しなんよ。
「ありゃあのっ!丸本さんわっしゃあのっ!」
普通にしゃべりゃあ聞こえるんじゃが
何故か耳の遠い高齢者にでも話しかけるようなしゃべり方なんじゃけえ。

毒多や皆がそれを見て笑うんじゃが、月美さんが気の毒がって言うた。
「ワシもYさんがツバを飛ばしゃあげて話をしんさるけえ
 自分のコップに蓋をせにゃあいけだったよ」と懐かしがる。
そのYさんはワシらが毎年太鼓の演奏に行く
『花の丘』グル-プホ-ムに世話になっとってんじゃそうな。

そ-言やぁ、Yさんと友達のおしゃべりTさんも来てんないよんなったよ。
体調不良ゆ-事じゃそうなが、ご高齢じゃけえしょうがないか。
竹爺さんに「竹爺さんは準備に欠かせん存在じゃけえ」と話かけると
「当ったり前じゃあないの!
あんた、わっしゃあのっ・・・」

とまた口の中の食べたものやツバをいっぱい巻き散らして言うのよ。
ワシの右肩から右手にかけて、ゆんべ着たシャツを
踏み洗いしとかにゃあいけまあてぇのぉ(笑)。

しまいにゃあ会長の横の席にトレ-ドに出しました。

祭り後、最初の幹事会

今夜は祭りが終わって最初の幹事会になる。
祭りのだいたいの収支報告が発表されるじゃろうし
忘年会の話も出る事じゃろうね。

祭りが終わってみんなリラックス出来る幹事会になるじゃろうね。
ただ太鼓部の連中は12月上旬まであちこちへの出演が控えとるんで
もう一月はゆっくり出来んのんよの。
今年は祭り前にも出演の機会が多かったが、
例年、秋祭りが終わってからの方が太鼓部は忙しい。

今年の祭りもいろいろ話題に事欠かんが
幹事会なんかで自分の知らんところでの出来事なんかを聞くのも楽しい。
今年は俵からも、神輿からも全然離れとらんけえ
俵や神輿についての話題ならたいがい分かっとるつもりじゃが
神社の賑わいや露店の賑わいについては
一部の人の目から見た様子しか伝わってきとらん。

保存会のメンバ-には祭り当日は裏方に徹しとる人もおってじゃ。
裏方から見た祭りと表方から見た祭りは違うじゃろうけえね。

怖い人らに囲まれ泣き笑い状態じゃ(涙)怖かった~!CIMG3021_1.jpg

海老園

今年の祭りの収支がおよそ出た。
保存会の収入源は『花』以外にはない。

今年初めて海老園地区に俵を担ぎ入れた事は
海老園地区の人も歓迎してくれちゃったし、
『花』も初めてじゃのにようけ頂きました。感謝です。

数年前には中央地区の一部にも俵を踏み入れ、続けられとる。
今までのコ-スの一部を省いとる訳じゃないんで
担ぎ手の負担は増えとるんじゃし、花集めの負担も増えとる。
今まででも大変な上に更に負担をかけとる事になるが、勢いでガマンして貰うた。

中央地区の花集めはわが保存会のマドンナMちゃんが担当してくれ、
安定して集めて貰うとるし、海老園地区は初めてなんで毒多とワシが担当した。
昔の祭りを知っとって人は「ホンマに大人の俵が通るん?」と
当日を楽しみに待っとってくれちゃった。嬉しいねえ!

海老園地区を俵が通るとの噂はたちまち拡がり
「ウチの前まで来てもんで欲しい」と電話がかかったりもした。
残念ながらそのお宅は今回のコ-スから外れとったんで
丁寧にお断りしたんじゃが、海老園地区の人らに歓迎されとると感じた。

初めて踏切、2号線を渡り、海老園地区に担ぎ入れた俵CIMG3002_1.jpg


祭りづくし

ゆんべ保存会一の強面、Iさんとべっぴんさん2名とお食事会。
話題は最初から最後まで祭りの話ばっかりじゃった(笑)。
五日市の昔の祭りから今の祭りに至るまで、
四国は西条の祭りの様子から博多の山笠の様子まで
祭りの裏方から表舞台まで、とにかく祭りづくしじゃった。

べっぴんさん2名はどう感じちゃったかいの?
「もうごちそう!」とゲップが出ちゃあおらだったかいの?

偶然じゃが初めて会うたのに祭りのHPを見てくれとっちゃったのにはビックリ。
五日市の祭りとは内容見て分かっとっちゃったようじゃが、
五日市のどこか遠くの方の祭りなんじゃろうと思うとりんさったようで
ワシらの祭りじゃったと、ゆんべ初めて分かったみたいじゃった。

ま、祭りが嫌いじゃなかったみたいじゃけえ、せやぁないかね?

写真は恒例の『みんなで一緒によさこいソ-ラン』の様子CIMG3123_1.jpg

写真

今年の祭りの様子も写真やビデオに収められとる。
ビデオは祭りの翌日の片付けが終わって昼飯食う時に
Tっちゃんが流してくれた。
集会所にもテレビやビデオがついたけえのぉ・・・
みんなどこから持ってきたんか中古ばっかしじゃが、それで充分じゃ。

写真を見て感じたんが、神社での写真が昨年までと全然違う事じゃ。
昨年の祭りまでは神社の裏山があったのに、今年は無い。
擁壁の前に植樹したらしいが、大きく育つのはいつの事やら。
神輿の後ろに神社の裏山が昨年まで映っとったのに、今年は新しい住宅群が。

神社の境内で担いどる神輿には見えんね。CIMG3134_1.jpg

市民運動会

前日までの雨が上がり、砂埃も立たず絶好のコンディションで
ワシらの地域の運動会が小学校の運動場であった。
いつもなら日曜日じゃのに振り替え休日の月曜日にあった。

祝祭日は仕事で来れん役員さんも多く、審判団もギリギリの人数じゃと言う。
ほいじゃけえ自分が町内会で出場する競技以外は全競技の審判じゃ。
少人数の中、ケガする者もなく無事競技終了。
小学校のテントを借りてやったんでテントを張る手間が省けた。

午後から女房殿と二人で県北を忙しく走り回った。
山間部はまだ雨が残り、お目当ての臥竜山の紅葉は見ごろじゃのに
ちいとガスが出て、山頂付近の全景が見られなんだのが残念。
ほいでも、けっこう楽しめた。県北は今が見ごろよ!

帰りに義父を訪ね、ええがに冬支度出来とるか確認に行った。
今月の中ごろには女房殿が泊りがけで行くんじゃが
その時、持って行かにゃあいけんものもチェック。

寒いけえ掘りごたつが出とった。
県北も寒かったでぇ、半袖のTシャツで外へ写真撮りに出たら寒いのなんの。
湯来じゃあ、はぁ炬燵も要ろうでぇ。
午後から出たんで、あっちこっち回ったら、帰りは真っ暗になっとったよ。
八幡高原の紅葉の様子じゃ、なかなかえかろう?
IMG_3676_1.jpg
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打ち上げは日帰りバス旅行

高校生になって初めて喧嘩神輿を担がせて貰うた。
中学3年間の下積みの苦労が実ったと嬉しかったもんじゃ。
じゃが、この頃から担ぎ手が不足しとったんか
市内の高校から猛者連中を雇うてきとったのを覚えとる。

そりゃあワシが青年団に入った時も、同学年で二人だけじゃったし、
この頃から成績のええ一部の同級生は塾通いとかしとったもんの。
あのぉ・・・ワシも一応ワ-クブック持って塾に通うとったんよ。ホンマ。
成績のええもんらと一緒に電車に乗ってYMCAに通うとったんよ。
じゃが、それは¥30のラ-メンが食べたかったけえかもしれん。
YMCA内に¥30のラ-メンがあったんよ。これがうまかった!


高校生になって喧嘩神輿を担がせて貰うただけで嬉しかったのに
祭りが終わってほどない日曜日に、『打ち上げ』と称する
日帰りバス旅行に誘うて貰えるようになったのよ。
大型バスをバスガイド付きで貸切じゃけえ。

バスには酒類など飲食物も積み込んで、出発と同時に飲み始める輩もおった。
ワシら真面目な高校生はT君とジュ-スを貰うて静かに車窓からの眺めを楽しんだ。

どこを走ったんか覚えちゃあおらんが、車内は賑やかじゃった。
バスガイドさんもしゃべるんじゃが、すぐせがわれてしまい
言葉数が少のうなるような下ネタばっかし質問するんじゃけえ。

ほいで観光地の町中を通るカップルに向かって
「今からやるん? もうした後?」とバスから品位のない言葉を浴びせる。
僕たち真面目な高校生は、そんな無礼講的な振る舞いに戸惑いながらも
けっこうそんな集団心理を楽しんどったような気がする。

バスの中では青年団西支部に伝わる伝統の春歌が披露され
その内容に大笑いすると同時に、その出来栄えに感心したもんじゃ。

島根県の玉造温泉に行ったんじゃが、あの当時、高速道路もないのに
あれだけの酔っ払い連中を迷子も出さずに、行って帰れたもんじゃて。
僕たち真面目な高校生もそんな連中にもまれながら
世の中の仕組みを覚えていったんじゃろうね。

道中の稲を干すハゼが五日市よりかなり高かったんが印象に残っとるが
ワシはそんな賑やかな車窓からでさえ風土の違いをしっかり捉え
社会勉強をしとったんじゃのぉ・・・感心、感心(笑)。

木遣り音頭と担ぎ手の呼吸

中学生のそんな青年団下積み生活は3年間続いた。
上下関係は厳しくワシら中学生は部活と青年団で鍛えられた。

よう覚えとらんが、確か高校生になって初めて神輿に触らせて貰えた。
それまでは俵みこししか触らせて貰えなんだんよ。
木遣り音頭とつけ声のタイミングも中学生の時に自然と覚えた。
俵のもみ方も自然と中学生の時に覚えた。

音頭取りも今のように大勢で順番を決めて詠うような感じじゃなかった。
先に声を張ったもんが勝ちで、後ろと前で同時に音頭が聞こえる事もあった。
お互い譲らん時は大きな声で詠い続ける人が勝っとったように思う。

俵を降ろす場所でも、もっとタイミング良うにカチが入った。
降ろす場所に来た時に音頭がタイミングよう一節終わるように
前を抑える者と音頭取りの呼吸が絶妙に合うのよ。
降ろす場所に来たのに、もう一節音頭を詠い始めるのは
担ぎ手のリズムを狂わせる。

木遣りでもそうじゃ。
骨休め、肩休めしとっても木遣りの声が聞こえたら
みんな俵についてわれ先にと担ぎ棒の上に上がり屋根を叩く。
これもリズムがある訳で、担ぎ手がリズム良うに
『よいっ!』と声を合わせられるような木遣りでなけらにゃいけん。

『よいっ!』と声を上げて屋根を叩こうと拳を上げとるのに
木遣りの口上が長々と続くけえリズムが狂う事が今年もようけあった。
木遣り音頭を詠う人も担いでみにゃあいけんのかもしれんね。

俵は担ぎ手と音頭取りの呼吸が合うたら絵になる。
伝統の五日市音頭をずっとずっと残して欲しいね。
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