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東の神輿復活③

土曜日は同窓会の準備から本番まで、
日曜日は久々の独身生活を楽しんで千光寺や因島方面に出かけ
まったく書き込みの時間がなかった。

話は前後するが、東の神輿は土砂災害が神輿修理のきっかけとなったが、
修理はその年の秋祭りまでに終わっとったのに、その年にゃ担げんかった。
そこまで東の保存会の体勢が整うてなかったんかもしれん。

翌年には絶対に担がにゃあいけんがのぉ・・・
と思うとる時に、造幣局の 『花のまわり道』 に合わせて開催する
『さくらパレ-ド』 で先ずご披露して、様子を見てみようという事になり、
『さくらパレ-ド』 の準備委員会などに打診し、了解を得た。

パレ-ドで披露するからには、人がようけおらにゃあさえんけぇ
西の幹事会でも訴え、了承を得、何人かの有志が参加してくれる事になった。
その事を東のAさんらにお伝えし、法被は用意して貰えることになった。

パレ-ドの当日、ワシも担ぎ手の一人として応援に行こうと
コイン通りの駐車場に置いてあった東の神輿のところに行ったら、
「丸さん、あんたカチをやってくれ。東には叩いた事があるモンがおらんけぇ」
いきなりそう言われ、東のメンバ-でもないワシがカチやってええんかいの?
と思うたが、「手本を見せてやってくれ」 と言われ
手本になるほどのものじゃないがグズグズ言うとったら士気をそぐ。

神輿のまわりに担ぎ手に集まって貰い
自分は東の人間じゃないが事情あってカチを執らせて貰う事を了解して貰い
「五日市の神輿の掛け声はチョイサじゃけぇ、それで行く」 と伝え
「よっしゃぁ~! 行くでぇ!」 の声で上げた。

途中からAさんにカチを代わって貰い、コイン通りを威勢良うに担いだ。
パレ-ドは他の団体も一緒に歩くため、神輿の都合で休む訳にいかん。
前後の団体との間隔を考えながら無事終了。

終わった後で、東の保存会のみなさんの打ち上げに
西のメンバ-も呼んでいただき、親睦を深めることが出来た。
ワシは残念ながら午後から用事があって、それには参加出来んかったが、
まず、東の神輿を五日市のみなさんにご披露出来たんで満足じゃった。

さくらパレ-ドで披露した東の神輿
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Tさんとの対面

どんな人なんかのぉ? 
あのいびせえSさんがTさんの言う事は聞く、とか言う人じゃもんのぉ・・・
いっつも会合では腹を立てて帰るとか聞いとるしのぉ・・・

Aさんの店で3人で会うことになり、ワシはビ-ルを1カ-トン手に
Aさんとこでお世話になった高級ママチャリに跨って行った。
すでにTさんは待っとんさった。
『あぁ~この人がTさんか!見たことある、ある』
心の中でそう思いながら

「初めまして丸本と言います」
「知っとるよ。顔はしょっちゅう見とるよ」
「ですよね~? ワシもTさんの噂はよう聞くんじゃけど、
どの人がTさんなんか分からんかったんですよ」

それから大いに話は盛り上がって、帰る頃には
お互い冗談の応酬が出来るほどの仲に・・・。
ワシはTさん大好きになった。

東の神輿の修理風景(三村仏壇工場)
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東の神輿復活②

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東の神輿復活

平成21年7月27日、前夜からの雨で神社の裏山が崩れた。
そんな情報が早朝より入り、ワシは事務所から神社へ駆けつけた。

「い-いっかぁ-!」神社の裏山が崩れ3基の神輿が収められとる
輿蔵に土砂が流れ、輿蔵の右半分がめげて、中の神輿も倒れとるじゃんか。
よ~見たら一番右側に置いてあった東の神輿が土砂に押しつぶされる形で
隣に置いてあったワシら西の神輿に倒れ掛かっとるわい。
すぐT会長に電話して、東の当時会長じゃったYさんにも連絡を取った。

それからワシはまた事務所へ行って、一通り仕事を片付けて
再度、神社に行ったら、会長もYさんも現地に来とりんさった。
会長が手配したんじゃろう、消防隊が大勢来て
輿蔵がそれ以上崩れてこんように突っかい棒を何本もかませ
みんなで神輿を輿蔵から出した。

心配したワシらの神輿は東の神輿が防波堤代わりになってくれたお蔭で
奇跡的に無傷じゃった。えかったのぉ!
じゃが東の神輿は屋根はめげとるし、欄干や鳥居もめげて、ワヤじゃがね。
北の神輿は昔のめげたままの状態でどうもなっとらんかった。

この災害がきっかけとなって、東の有志が立ち上がり
神輿を修復しようと言うことになった。
『災い転じて福となす』 
結果から言うと、ワシらの喧嘩神輿復活に天が味方してくれた恰好になった。
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神楽祭り

10年目の保存会のイベント『神楽祭り』はどの神楽団に来て頂くか?
その頃、よう一緒に神楽見物に誘われとった神楽姫に相談した。
広島県のトップ人気の神楽団でないと意味がないと
横田、上河内、(美土里町)そして千代田の中川戸が候補に挙がった。

それぞれに打診して貰うたら、横田さんはスケジュ-ル的に無理と分かった。
上河内さんは団長が引き受けてくれたとの事で、年明けに公演のあった
厚生年金会館まで会長と出かけ団長に直接会うて交渉した。
じゃが、この後、神楽門前湯治村での定期公演の順番が決まり、
悪いことに保存会が予定しとる日と重なってしもうたんよ。

上河内の団長から地元の定期公演なんで、申し訳ないとの連絡があり、
ワシらも日程の変更は出来んので、上河内さんはお断りして中川戸さんとの交渉に入った。

中川戸神楽団は当時前衛的な神楽を舞うとの評判でワシは会長と練習場を訪ねた。
能海団長は歓迎してくれ、仕事が終わって山の上の練習場へ駆けつける
団員達を紹介してくれ、しばらく練習風景を見させて貰い、我々の趣旨も説明して帰った。

初めての神楽祭りは中川戸神楽団と地元の芸能保存会で決定した。

10年目

5年目に喧嘩神輿を復活させ、10年目を迎えるにあたり
再び幹事一同の結束を更に強くするため何をしようかと
前年の幹事会から議題に上がっとった。

会長はその頃すでに人気があった『神楽』を呼ぼうと
その方向でみんなを幹事会のたんびに洗脳に取りかかり始めた。
じゃが同好の士が集まった同好会、会長といえども勝手にゃ出来ぬ。
「他に何か案はないか?」 みんなに問うたが
芸能発表会みたいなんは既に他の団体がやっとったし
なかなかええアイディアが出ぬ内に、
徐々に会長の毒牙に洗脳されていった。

10年目は秋祭りの前宣伝に『神楽祭り』を開催する事に決定。
幹事のうち洗脳が行き届いてない一部の会員から
「祭りだけでも1週間前から大変じゃのに、更にその前に神楽祭?」
とクレ-ムが上がったが、すでに遅かりし。
殆どの幹事は完全に洗脳されとった。

斯くして平成16年10月3日(日)神楽祭りの開催が決定した。

14年前の出陣式での太鼓演奏
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山には何回も木を伐りに行ったのぉ・・・。
ついこないだ亡くなった百谷さんの奥さんの里の湯来町本多田地区、
集会所近くの田上さんの奥さんの里の廿日市市原地区、
平田の喜久坊の持山の芸北地区、等々。
それぞれ、皆さん有難うございました。

それぞれ俵の担ぎ棒、神輿の横棒、子供会の俵の担ぎ棒
そして大幟の棒などに今でも活躍中じゃ。

今じゃ、恒例の竹取物語も最初は今、山を削って造成中の
殿山に切りに行ったが2年で竹が少のうなった。
次いで光禅寺の裏山にも2年くらいお世話になったかのぉ?
だんだん近くに竹を貰える山が無うなってきて
亡くなった山田さんが知り合いの山下さんに頼んでくれんさった。
それがいまだに続いとるんじゃけぇ、
長い間、山下さんにはお世話になっとるよのぉ・・・。

この竹取物語、最初は100本近い竹を山から切り出し
町中に立てて歩くのを早朝から夜、暗うなるまでかかった。
もう、作業が終わったらみんなクタクタよ。
中央湯で汗を流して冷たいビ-ルで乾杯した時の
達成感、連帯感は祭りならではじゃね?
むすびをつまみながらの談笑が人のつながりを作る。

14年前の俵の組立て風景、あれっ?達っちゃん、髪の毛があるじゃん
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広報活動

秋祭り保存会(当時は同好会)を発足して5年、
喧嘩神輿を1基だけじゃぁあるが復活させた(平成11年)。
担ぎ手も増やさにゃあいけんが、観衆も集めにゃならん。
まだまだ、宣伝不足じゃったけぇじゃ。

当時のケ-ブルテレビには毎年のように取材に来てもらい、
新聞やミニコミ誌、各局のテレビなどにも積極的に出演、PRした。
市民運動会では保存会太鼓部の演奏も披露し
とにかく広報活動を積極的に行った。

じゃがマスコミも斬新なネタがないと食指を動かしてくれんのよね?
保存会を発足させて7年目には保存会が発行する広報誌も作った。
これにはけっこう費用が掛かるんで、当初年に2回発行しとったが、
資金不足から年に1回に減り、今は2年に1回の発行となっとる。

ポスタ-も作り始めたんで、こっちにも印刷費が掛かる。
それで隔年にポスタ-と広報誌を1回ずつ作る事にしたんじゃ。

広報誌は西の10町内会に無償で配布、
出来るだけ地元の人らに保存会を知って欲しい、
秋祭りに関心を持って欲しい、参加して欲しいの気持ちじゃ。
じゃが、なかなか人の心に訴えるのは難しいもんじゃて。

市民運動会での太鼓部の演奏風景
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五日市の秋祭りは雨に降られんねぇ。
21年間俵を担いで小雨が降ったんが1回だけじゃね。
その年は俵もみの俵にはサランラップを巻いて担いだてぇ。
俵も今は作る人が少のうなって、
ワシらの俵も中央5丁目の人に頼んで作って貰うたが、
今も元気でおってんかどうか?

貴重な俵を濡らして、カビが生えちゃあいけんけぇと
現T会長の指示でサランラップ巻きの俵を載せた。

午後から神輿を担いで瀬戸の川に入ってすぐ
また小雨が降りだして、当時は塩屋神社まで一緒に歩いとった
宮司さんが、ここで神輿の渡御は中止にしようと言い出しんさった。

俵は濡れたらカビの原因を作るかもしれんが
神輿は雨が降ろうが雪が降ろうが関係ない。
町の人は神輿がそろそろ通ると外で待っとってじゃのに?

西の神輿じゃけぇ、西の人がようけ集まる加藤内科クリニックのところまでは
せめて担いで行って、神輿を見せに行きたい。
現T会長と宮司さんの意見は衝突した。

「神社はここから帰ると言うが、ワシらぁそ-ゆ-訳にゃあいかん!
西の人が待ってくれとるところまでは行くで! ええのぉ?!」
『オ-ッ!!』 担ぎ手に気合が入った瞬間じゃった。
喧嘩神輿にゃこ-ゆ-気概が必要なんよ。

ワシが覚えとるのは、俵みこし復活して21年間で
小雨じゃが、雨に降られたのは、この1回だけじゃと思う。

15年前の木股は白の半パンじゃった。
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5年目 ③

『喧嘩神輿31年ぶりに復活』
これには昔の祭りを知る人たちが喜んでくれたねぇ。
昔、喧嘩神輿を担ぎに出た人は懐かしがってくれちゃったねぇ。

東の前会長じゃったYさんなんか
『涙を流して喜んでくれとったでぇ』(現会長談)と聞かされ
ワシら幹事連中も苦労が吹っ飛ぶほど嬉しかった。

神輿が通る沿道にも
『ちょいさ、ちょいさ!』 の地を揺るがすほどの掛け声に
何事かと表に出てくる人、出てくるのに時間がかかって
表に出た時には、すでに神輿は通り過ぎた後じゃったお爺ちゃん、
ホンマたくさんの人に喜んで貰えて、ワシらも苦労が報われた感じがした。

この頃から東のSさん、北のKさんに
「東も出しましょうや!」「北も出しましょうや!」と説いて回った。

当時の担ぎ手
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5年目 ②

神輿の胴体部の扉は建具職人の月美さんが素晴らしい物を作ってくれた。
屋根の下の飾り垂木の色付けは哲っちゃんのお父さんの平稲画伯が担当。
瓔珞は汚れを薬品で落とし、金色に塗装。
ワシは屋根の漆部と棟木の間の隙間を黒いシリコンで埋めた。
営繕部が中心となって、みんなでああでもない、こうでもないと
日曜日の作業は連帯感を育てるのに大いに役立った。

この頃、俵の担ぎ棒や神輿の横棒、子ども会の俵の担ぎ棒、
そして大幟の棒などを山の持ち主に協力いただき、
山へ切り出しにみんなでウチのトラックで何回か取りに行った。
大きな檜を何本も切り倒しトラックに積んで帰った。

木は寒い時に切ったら虫が入りにくいとか聞いて寒い春先に行くのよ。
春先は木が根から大量に水を吸い上げるんで、
切ってすぐ皮を剥いだら、剥ぎ易いのよ。
持ち帰ったら、すぐ皮だけ剥いで、背割りを入れ、しばらく乾燥させる。
背割りは木材が乾燥する過程でのひび割れを、そこに集中させるための技じゃ。
神輿の担ぎ棒に使用する楔も月美さんが作ってきてくれた。

屋根の漆塗装と胴体の金箔は三村仏壇に依頼した。
ここに一番金がかかったのぉ。
斯くして31年ぶりに西の神輿は復活したのである。

発足当時の太鼓部メンバ- 若いねぇ!みんな!
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5年目

秋祭り保存会を立ち上げ、大人の俵もみを復活させて5年目。
その頃には、今の幹事会のような組織の原型が出来とったと思う。

ただ俵もみを復活させた年は、こっちも張り切っとったし
珍しさもあって担ぎ手がそこそこおったのに
年々、飽きられたんか、ちいとずつ担ぎ手が減り
祭りの前1か月は担ぎ手集めに、仕事が終わってから奔走する毎晩じゃった。

2年目には現会長の提案で、出陣式に太鼓を叩いたり
若い人たちの耳目を集めるための工夫はしとったけど
担ぎ手の減少に歯止めはかからなんだ。

そんな中で会長に、幹事会のみんなに提案した。
「放っといたらマンネリ化して我々の気持ちも萎えてくる。
5年の節目となる今年、もう1階ネジを巻き直す意味でも
喧嘩神輿を修復して、無理してでも出そう」 と。

その発言にみんな黙り込んでしもうた。
何秒かの固まった空気を押しのけるようにYっちゃんが口を開いた。
「俵だけでも人数が減ってやねこいのに、出せるんじゃろうか?」

そこにおった全員の気持ちを代表して言うてくれた言葉じゃった。
「いや、どんな楽しいイベントでも何も工夫せずにおったら
5年で潰れてしまう。5年ごとにネジを巻き直す必要がある。
そりゃあ今でもみんな頑張ってくれとるのは分かるが
更にもうひと踏ん張り、この祭りに力を貸して欲しい」

決まった! 
まず神輿を神社の輿蔵から出して、集会所へ持って帰り
自分らで直せるところは自分らで直そうと
日曜日のたんびに、手の空いた者は集会所へ集まった。

タベルナ

タイトな一日じゃった。
休みじゃったが、ちょっと仕事に出た後は
おやじバンドのボイストレ-ニングに二人で。
ボイストレ-ニングゆ-たら、本格的に習うとるようじゃが、
要はカラオケ利用しての練習じゃ(笑)。

何べんも歌う内に、段々と声も出るようになる。
ハ-モニ-もええ感じになってきた。
昼もそこで食べながら練習した後で、おやじバンドの練習に参加。
夕方まで汗を流しながら練習したら、腰が痛うなってきたで。

帰宅後、お礼参りで予約しとった『タベルナ』へI副会長夫妻と。
20時半にはそこを追い出される(次の予約者のため)のに
客が多く、なかなか注文を取りに来ん。

やっと来たスタッフに
「20時半までと言うのに注文を取りに来んかったら食べる時間がなかろうが」
とチクリと小言を・・・じゃが帰る際に
「丸本さん、今年は祭りに出られませんでしたが、今度は出ますよ」
と言われて、『しもうた要らんこと、言うんじゃなかった・・・』 と。
彼は祭りに出てくれよったんじゃ・・・。

もう1軒お礼参りに行っとこうとスナックへ4人が乗り込んだ。
昨日も来たのに 「久しぶりっ!」
他の3人は1年ぶりじゃ(笑)
酔いも手伝い、ここを出る頃にゃあタイトな一日にグロッキ-。
一風呂浴びたら、バタンキュ-! でした。

話が出来ん

ゆんべは某夫人の話を聞くために祭りでお花を毎年いただく
『路』 という店を選んだ。
ワシは残念ながら初めての店で、いっぺん行かにゃあいけん
と前々から気になっとった店じゃった。

今回もお花を頂いた店の中からセレクト候補を何店か列挙したんじゃが、
他の店は『行ったことがある』との事で、
『行った事がない店がええ』 という某夫人のご希望で決まった。

入口の引き戸を開けるなり
『ちょっと今までの店とは雰囲気が違う』 と感じた。
が、入口を開けた正面に同級生のK君がこっちを向いて座っており
ワシと目が合うたんで、そのまま入った。
他にも数名以上の客がおりんさった。

ワシら二人が入店すると、一瞬 『シ-ン』 と静まり
ワシら注目の的で 『よそもの』 的な目で見られとるのを感じた。
この店は常連さんで賑わう店みたいで、後から来る客は
みんな他の客と顔馴染みのようじゃった。

軽く注文して飲み始めて間もなくカラオケが始まった。
そのボリュ-ムが大きいのよ。
全然相手の話す声が聞こえん。
その瞬間、『もう出よう』 と思うたが注文した料理がまだじゃ。

何やら某夫人は大声で話しかけてくれるが、1割くらいしか聞き取れん。
やっと料理が来たんで、早々に会計を済ませて店を出た。
話を聞きに来たのに、これじゃあ何も聞けん。

昔、学生の頃、通天閣下辺りでバイトしとった時、こんなにおいの店があった。
鶴橋のガード下にも同じにおいのする店があったのを思い出した。

忙しい太鼓部

ゆんべは久しぶりに太鼓部の面々と集会所で一杯。
ワシは集会所会議に出た後なんじゃが、
太鼓部の連中は公民館で練習を終え、集会所へ帰ってきた。

部長があったかいおでんを買うてきてくれたんで
それを頂きながら、焼酎で喉の消毒。
アルコ-ル消毒が一番効き目があるんか
時折、くしゃみが出る以外は風邪の症状はのうなった。

太鼓部は秋祭りが終わってからの公演が忙しい
12月初めの公民館祭りまで、各行事で恒例となった演奏を披露する。
ゆんべは明日の花の丘公演でのシナリオの確認じゃ。
ほろ酔い加減で加藤クリニックの自慢の庭を勝手に通り抜け、
3人で近道して帰った。

写真は上河内神楽団の滝夜叉姫
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次々とアイディア

会長、毒多Kとお礼参りを兼ね八剣伝コイン通り店に行った。
相変わらず食べるものは豆腐だけの会長。
次々と注文したものがやってくるが、食べるのはワシと毒多K。
じゃが飲むのは会長がペ-スが早い。
そして、飲むほどに饒舌になる会長。

慎重に言葉を選びながら話題をあらぬ方向に進めないように、
ちょっとした失言から、過去、何度も話が大きく逸れ
長~い、長~い脇道に入って、容易に元に戻せんかった苦い経験がある。

それでも祭りに対して次々と新しいアイディアが湧いてくるみたいで、
目を輝かせ、嬉しそうに語る会長は少年のようじゃ。
段々と年をとったら子供の頃に帰っていくと聞くが、まことやぁ!

その感にも次々と入るCメ-ル。Tちゃんからじゃ。
どこかでAちゃんと飲んどるらしい、お誘いのメ-ルじゃ。
『ワシも今、飲んどる。無理」 と返すが
『どこに、おるん? 誰と飲んどるん?』 とまたすぐ返信が・・・
『言われん。Tちゃんとは○日に飲むんじゃけぇ、今日はダメ!』
何やら絵文字だけが返ってきた。

その間にも会長の言葉は続いとるんじゃけぇ、長文は返せん。
そろそろ切り上げんと、キリがない。
新しく出したボトルが、もう残り少ない。
「今日のところは、これくらいにしといたろうか!」
それでも話し続ける会長をせき立てるように店を出た。

外食し過ぎ?

またまたお礼参りの予定が入った。
今週は3回もある。
祭り関係者と食事する以外でも、出来るだけ花を頂いた店にする。
『消費は地元で』 と思うんじゃが、予算もあるけぇね。
財布の底が見えてきた今、ブレ-キをかける事もせねば・・・。

バンド仲間からも
『ハ-モニ-の練習にカラオケに行きましょう』 とメ-ルが入った。
これも出来れば北の祭り保存会に付き合うてくれた店に行きたい。
西の地区にはカラオケ屋さんがないもんね。

もう12月の週末はふさがった。
じゃのに同じ日の同じ時間に重なった忘年会とクリスマスパ-ティ-。
いったん後から聞いた方は断ったんじゃが
あまりにも残念がられるんで2次会はそっちへ合流する事で決着。
お金もじゃが体ももつんかどうか・・・。

誘われるうちが華、有り難いことじゃと感謝します。
ほいじゃが連チャンはキツイで(笑)。

連合会

連合会の反省会が今日あった。
一通り30分あまり反省会をして、親睦会に入った。
皆賀のSさん(こう書いちゃあいけん言われたんじゃが)は
足を2箇所も骨折して、まだギブスを外したばっかしじゃというのに
タクシ-で駆けつけてくれちゃった、有り難いねぇ。

Sさんとは盃を交わしながら祭り談義をしたいと思うとったんで
今日はえかった。ちいと祭りの話ができた。
まだまだ話したい事はえっとあるんじゃが、
人数が多いもんじゃけぇ、充分には話が出来てない。
じゃが、楽しい時間を過ごす事が出来てえかった。

席を1階に移してから当日の祭りのDVDを流しながら談笑したが
神社に担ぎ手以外の人が周囲に少ないのを感じた。
『今年の祭りは賑やかじゃった』 そう皆さんに言われ
事実、コイン通りでも見物人は多かったと感じたが神社に人が少ない。

「はちまんさんってどこにあるん?」
こんな声を今年もよう聞いた。

神楽姫

久しぶりに神楽姫から神楽へのお誘いがあった。
中川戸さんが近くでやるらしい。

近くとゆ-ても歩いちゃあ行けん。
『お迎えに行きます』 との事じゃし、『神降ろし』 をやるらしい。
中川戸さんの 『神降ろし』 は見たことない。
どうアレンジしとるんか見てみたい。

じゃが、その日は他の用事とかぶっとるんよね。
好条件の神楽姫からの誘いにも心を惹かれるよのぉ・・・。

明日は朝から予定がビッシリで多忙じゃ。
年末までの予定が詰まってきた。
「予定を入れ過ぎ」 と女房殿にもセキュレタリ-にも言われる。
ほいじゃが性分なんよ。
サメと一緒で、じっとしとったら死んでしまうんじゃけぇ(笑)。

絵になるのぉ・・・IMG_0943_1.jpg

2か月

従姉が入院したと連絡があり、見舞いに駆け付けた。
父は8人兄弟の下から2番目なんで、ワシの従兄弟連中とは
親子ほど年の違う人が多い。

そんな中、割とワシと年が近い、姉御肌の従姉は
ワシが子供の頃、いつもワシの姉貴分じゃった。
いつも明るく元気で美人じゃのに、豪傑肌じゃった。

それが一昨日息が苦しゅうて病院に行ったら
肺に水が貯まっとるとか言われ、即入院して水を抜いたら
肺がんが発見され、もう手術も出来ず余命2ヶ月と宣告されたらしい。
それまで元気そのものじゃったのに・・・・
こがぁな事があるんかいのぉ。

わしゃぁショックで従姉の手を握りながら、ずっと話を聞いてやった。
声を出したら涙も一緒に出そうで・・・涙は見せられん。

抗がん剤を打つしか手はないとの事じゃのに
肺の水を抜いたら今でも普通にしゃべれるのに・・・
2か月?・・・そんな風には全然見えんかった。

傍におる娘さんは昨夜一晩中泣いて途方に暮れとったようじゃ。
今日から抗がん剤を打つらしいが奇跡を信じるしかない。

出陣式

今年はワシらの西地区の出陣式が終わってすぐ東の俵へ駆けつけた。
東の俵もみの音頭取りがAさんとNさんの二人だけと知ったけぇ
下手ながらも、ちいとでも応援になりゃあと思うたけぇじゃ。

東は出陣式みたいなものは無いが、Yさんが担ぎ手を並ばせ
背の高い順に『前棒、後ろ、横』と大きな声で
担ぐ姿も美しゅう見せようと指示をしとんさった。
間もなくAさんが唸る木遣りでスタ-トじゃった。

北地区は皆賀は前日の土曜日に、揚上、揚下は日曜日の朝に
それぞれ昨年までと同様に俵を出しちゃったんじゃろうが
出陣式みたいな行事があるんかどうか知らん。

西は大勢集まった担ぎ手を前に出陣太鼓でオ-プニング。
会長の挨拶、来賓の挨拶に続いて、担ぐコ-スの説明、
ケガのないように俵を練り歩くための注意もした後で、
『エイエイオ-!』の掛け声と共に、
飲み干したかわらけを地面に叩きつけて割り、
勢いをつけて木遣りが始まる。

昔はこ-ゆ-儀式はなかったが、西は復活させた翌年から
出陣太鼓は叩いておる。

出陣式の太鼓部、笛班の様子
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祭り

日本中にいろんな祭りがあるように
世界中にいろんな祭りがある。

みんな賑やかな祭りが好きなんじゃね?
じゃが、そ-ゆ-のが嫌いな人もおってんよね?
人との付き合いが苦手な人もおってんよね?

大多数が好きな祭りじゃけぇ、大いに楽しみたい。
じゃけど、嫌いな人もおってんじゃと理解しときゃええ。

声を掛けてあげたら、それがきっかけで仲間入りできる人もおりゃあ、
自分で探して(求めて)仲間入りする人もおってじゃ。
いっぱい声を掛けて仲間を誘うて下さい。
ようけ声を掛けよったら、中には嫌いな人がおってかもしれんけど
無理強いはいけませんよ。

西の保存会一でかい声のYさん、みんな聞き惚れとるのぉ
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仲間を増やせ

先週、ある保険外交員から電話があった。
『また上司と一緒にお伺いしたいのですが・・・』
彼女は新人じゃが真面目に週に1回のペ-スでやってくる。
もう何年かそれが続いとる。

凄いと思うよ。
毎回、花を一輪持ってやってくる。
毎回毎回応対はしとれんけぇ、殆どは事務員さんが応対してくれる。
そんな彼女からの1年に1度のお願いじゃけぇ
彼女の顔を立てて、面会を承諾した。

今年の春に広島に赴任して来んさった男性エリ-トさんじゃ。
いっぺんウチに来てkぅれたらしいが、ワシが留守じゃったらしい。
事務所に来て名刺交換して席に着くなり、辺りを見回して
「お祭りモ-ドですね」 と一言。
これは壁に張ってある昔の祭りのポスタ-や博多山笠の暖簾を見ての事じゃ。

「私も出身は大阪ですが、最初の赴任池が岸和田でして・・・」
そこからこっちへ話のイニシアチブは移った。

五日市の祭りの復活劇を延々と小1時間しゃべった。
殆ど一方的にワシがしゃべったんで、仕事の話をする間を与えない。
おまけに彼がスポ-ツマンで五日市の皆賀に住んどる事を聞き出した。

「おぉ! 皆賀かぁ。 ほいじゃあ北の地区になるのぉ
来年、神輿に出てみんさい」
「皆賀にゃあのっ! 祭り好きな人がおってんじゃけえ・・・」

単身赴任の46歳、彼は出てくれると感じた。
ワシの話が熱うなったところに携帯の電話が鳴った。
従業員からの電話なんで
「ちょっと失礼」 と電話に出て、指示をしとる間に
彼は一緒に来た、いつもの保険レディに促して
「もうそろそろ失礼して・・・」 と聞こえた。

電話が終わるやいなや、そのおエライさんは
「ちょっとご挨拶のつもりが長居をしてしまいまして・・・」
と逃げ口上じゃ。
たぶん10分か15分位の予定で、次を約束しとちゃったんじゃろうけぇ
ワシも引き止めはせなんだが、彼は仕事をしとらんもんじゃけぇ
「これ、また時間がある時見ておいて下さい
彼女がまた説明に参りますので・・・」 と資料を置いて席を立った。

「連絡先は分かっとるけぇ、彼女を通じて来年の祭りの前に連絡しますよ」
と話は元の祭り路線に戻してからお帰り頂いた。
五日市の祭りの経験が、彼の開かれた将来に
必ずや役に立つ事があると信じて、来年誘いますで、仲間を増やすために。

八幡高原

『午前7時に軽トラックで集会所に集合して欲しい』
小学校の運動会で使うたテントをそのまま借りるんじゃけぇ
そがぁに早よう行かんでもえかろう?

言われるままに出動。
それでもすでにグランドに持って行くものは出してある。
お待ちかねであった。
早々に積み込み小学校のグランドへ・・・

シ-トやゴザを敷いて、テントを移動したら準備OK。
まだ7時半にもならん。
風よけもないところで「寒い、寒い」を連発。

運動会が始まったが、わがチ-ムはど-ゆ-訳か、万年ドベ。
すべての競技において、他のチ-ム、観客注目の中で
アンカ-までさらに2~3人。
いつも「みなさん拍手を」とアナウンスされとります(笑)。

ええんよ、市民運動会じゃけコミュニケ-ションが大事。
そうは言いながらも「何でじゃろうね?」とみんな苦笑。
ワシら『審判』という大役を貰うとるけぇ、自分のチ-ムのテントで
応援したことは、もう20年くらい無いんじゃないかの?
祭りのメンバ-はたいがい何か役を仰せつかっとるようじゃ。

昼過ぎに運動会も終わり、急いで後片付けじゃ。
運ぶものを運んだら、ワシの任務は終了。

息子一家と近所に出来たラ-メン屋さんへ行った後で
大急ぎで芸北は八幡高原へ車を走らせた。

今年の紅葉はあんましきれいじゃないとか言うとっちゃったよ。
そんな女房殿の言葉は信じない。自分の目で確かめるまでは。

ナント! 見事じゃない! 今が旬!
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市民運動会

明日は秋祭りに次いで地域の大きな行事、市民運動会じゃ。
秋祭り保存会の幹事の面々も、いろんな役目でお手伝いしとる。
早朝より町内会長さんはじめ、他の役員さんも集会所へ集まり、
応援グッズなど小道具を会場へ運ばにゃあいけん。

先週、小学校の運動会じゃったんで、テントはそのままそれを利用させて貰う。
テントを運ばんでもええだけで準備作業はかなり減るもんね。
テントは運んでから組み立てまでせにゃあいけんし、人手も必要じゃ。

天気も午前中は何とか雨も降らずに済みそうじゃと天気予報は言うとった。
ただ寒いらしいけぇ、朝はそれなりの服装にしとかんと風邪を引いちゃあいけなぁ。
天気が良すぎても色白のワシは真っ赤に日焼けしてしまうけぇ
曇り空の方がむしろええくらいじゃ。

誰もケガをせずに無事に終わり、みんなで楽しめたら最高じゃね。
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