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太鼓部

木遣り部同様、太鼓部も部員を募集しとるようです。
かつてはワシも太鼓部員じゃったんじゃが、左ひじを痛め
病院からの指導で太鼓部を休部して長い。

もうひじ痛は殆ど無うなったんじゃけど、たまにどうかしたら痛む時がある。
リズム感を衰えさせんためにも、たまには叩きたいと思うんじゃがね。
今は日曜日にはそれなりに予定を入れてしまうんで覗けんのよね?
たぶん相当リズム感が悪うなっとると思うわ。

毎月第1日曜日の13時半から五日市公民館の大ホ-ルでやっとるんで
我と思わん方は、是非覗いてみて下さい。
以前は月に2回練習しとったんじゃけど、それは不定期でした。
今もやっとるんかどうか・・・確認してみんと・・・。

太鼓部は秋祭りの俵もみの出陣式にその演奏を披露する他
毎年、町内各所で行われる催しのオ-プニングで演奏したり、
慰問演奏に行ったりして、活躍の場がけっこうあります。
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木遣り音頭

祭りの木遣り音頭を習うてみたいと言う人はけっこうおってんじゃないかと思う。
じゃのに最近の木遣り部の練習に来る人が少ないと聞いた。
いつ、どこで、何時から練習しとる、というのも知らん人が多いんじゃろうね?

毎月第4火曜日の19時から五日市集会所(五日市1-4-4)で練習しとってですよ。
入会金も会費も要りゃあせんのですが、練習が終わってから喉を潤すのに
その費用として500円握って来て貰えりゃあそれでええハズです。

資料はそのつどコピ-して貰えます。
最初は自分に歌えるんかいの? 楽譜も無いのに・・・と思うけど
何回も繰り返しよりゃあ、何とか形にはなると思いますよ。

これも広島の伝統芸能の一つですけぇ、勇気を出して門を叩いてみんさい。
集会所の入り口のガラス戸を叩いても、入り口の向こう側は土間になっとるんで
なんぼノックしても聞こえりゃあせんですけぇ、そのガラス戸を開けて中に入り
土間の奥にもう一つドアがありますけぇ、その奥の間で練習しとってですけぇ
そこのドア(引き戸)も勝手に開けて入っつかぁさい。

練習中でみんな声を出しとったら少々ノックしたくらいじゃ聞こえませんけぇの?
勇気を出して戸を開けてみんさい、みんな笑顔で歓迎してくれるハズですけぇ。
みんな、あなたが来るのを待っとるんですで、寄ってみんさい。

古い写真

ふと古いアルバムが目に付き、この中の写真をスキャンしてPCにアルバムとして管理しよう、
そう思いついてワシがご幼少の頃の写真をいくつかスキャンして取り込んだ。
久し振りに見るアルバムには、今は無い懐かしい風景も残っておる。
五日市小学校の裏山も今は新宮苑の団地になっとるし、
沖土手から先は海じゃったのに、今の海岸線は遥か遠くになってしもうた。

楽々園遊園地にも、よう行ったけぇ写真もようけ残っとった。
ゴ-カ-トやウォ-タ-シュ-トやボ-トや列車に乗った、それはそれは賢そうな可愛い少年が写っておる(笑)。
人物もじゃけど背景の懐かしさに、古い思い出もよみがえってくる。

祭りの時の写真もあった。法被姿の小学生、高校生の頃と思われる。
わが家の庭や、近所の風景も、ちょこっとしか写ってのうても
ワシにはそれがどこかすぐ分かる。
たぶんワシにしか分からん景色なんじゃろうが、ワシには鮮明な記憶がある。

写真に見入っておると、すぐにでもその頃にタイムスリップ出来そうじゃ。
どっちに行ったら何があるとかも昨日のことのように覚えておる。
平瀬の薬局や川西のお好み焼屋の前で、これから修学旅行へ出かける写真もあった。
同級生のお母さんの顔も写っておるが、そのまんまの姿で今、現れても
全然違和感がない、そのまんま今のワシらの母親の年代でも通用しそうじゃ(笑)。

たった半世紀でここまで変わる? ホンマ、ついこないだの事でぇ!

獺祭

今夜は連合会の集まりがあったが、先約があり欠席した。
子供みこし、女みこしの件での協議じゃと聞いておったが、
久し振りに東の皆さん、北の皆さんとお会いできる機会じゃったが、
ワシが幹事役の年に2回の食事会で夫婦で出かけたんで
残念ながら欠席の連絡をさせて貰うとった。

ワシの方の宴もたけなわの頃、電話が入った。
東のお目付け役の怖いSさんからじゃ。
『今日集まりがあるんじゃないんか? もうすぐ時間じゃのに誰も来んで!』
「いつもSさん、早めに来てじゃけぇ、もうすぐみんな来ると思うよ。ワシは欠席じゃけど」
ワシもこっちが早よう終われば覗いてみる気はあったが、遅うなった。

帰りにいつも何かわれわれにプレゼントを持ってきてくれる仲人のTさんに
「いつも心配かけるけど今回は何の心配もせんといてよ」 と伝えてあったのに、
今回も福屋の紙袋に飲み物らしき箱をみんなにプレゼントされた。

「あがぁな事、しんさんな」 と口では言いながら手を出し
「いつもすみません!」 と礼を述べ、しっかり受け取ってしまう(苦笑)。
帰りに女房殿に 「何かの? ジュ-スかの? ワインかの?」 と話しながら帰って
自宅に戻り包みを開けてビックリ! ナント! 『獺祭』 じゃないの!

話には聞いたことがあるが、飲んだことはない。
また日本酒は家でも外でもまず飲むことはない。
ためしにちょこっと味見してみようかの?
いやいや、封を開けたら人にあげられん、どうしようかいの?

家には頂き物の日本酒が、まだ3本床の間に飾ったまま置いてある。
酒を飲まんわが家に置いとってもしょうがないけぇどなたかに飲んでいただこう。
気持ちだけ有り難く頂き、そうさせて貰おうて。感謝。

NPO法人

先日テキヤ仲間を率いる友人と二人で話をしに来てくれたFさんが、今日、再訪された。
何事かと思うたら、先日の来訪目的の件で、ワシがちょっと動いた事へのお礼じゃという。
「何で? それくらいの事でいちいち礼を言いに来んでも、電話報告くれたんじゃけぇ必要ないじゃん?」
じゃけど銀行マン時代から律儀じゃった彼の性格上、会うて話がしたかったんじゃろうと思う。

「ほいなら当の本人が一緒じゃないのはどうしてなんか?」と訊ねたら
「本人はNPO法人起ち上げの手続きなどで、今、時間がとれん〕と言う。
何のNPO法人なんかと訊いたら、地域の活性化のために
耕作放棄地などの有効利用や農業法人などの構想を持って、過疎化の防止、
文化の継承など、ワシがかねてから持つ構想にあまりにも合致した話じゃったんで
「そ-ゆ-事なら大賛成で、微力ながら応援したい〕 と身体の芯に何かくすぶり始めた感じがした。

彼らは若い、そんな彼らが同じ構想を持っているとは・・・
まだ分からん、本人とじっくり話合うて詳細を訊いてみんと・・・
じゃがワシより20以上は若い彼らが、そんな高層を持ち、実際に動き始めているとは・・・
嬉しくもあり、自分はこの年で何も出来んでおる情けなさもあり、複雑な感情が湧いた。

ホンモノかどうか? ワシでも役に立てるんかどうか? 
善は急げ! 早速自分でたしかめてみないと・・・。

災害ボランティア

豪雨災害以来 『復興支援に行きたい』 と思いつつ、仕事の都合や
他の予定があったりで、なかなか実現できんかったけど、
やっと仕事も 『今日やっとかんと』 という仕事もなくはないが
やりくり出来る時間が出来そうじゃったんで
女房殿には今朝起きてから 「今日、ボランティアに行く」 と宣言し行ってきた。

また暑さがぶり返す日となったが、そんな事、気にしとったら行ける日なんぞ永遠に来ん。
以前に 「明日行く」 と言うて準備しとったグッズをそのまま置いといたんで
家と事務所でそれを持って、すぐ出発した。目指すは安芸区のボランティア受付センタ-じゃ。

災害から1ヶ月以上経過しとるんで、受付センタ-の方もいたれり尽くせりの準備じゃ。
『ボランティア保険は?』 ⇒「入ってます」
『水は? タオルは? 長靴は?』⇒「すべて持ってます」
20人くらい集まったら順次マイクロバスで現地に向かう、マイクロバスも何台か待機しとる。

『今日は中野地区へ行っていただきます』
作業についての注意事項の説明を受け、順次バスに乗り込む。
ワシは1番バスに乗り込んで、中野公民館に設置されたボランティアセンタ-に着いた。
そこで10人1班のグル-プを作ってリ-ダ-を決め、そこから更にマイクロバスで現地に向かうた。

そこでスコップとか土のう袋とか、冷たいオシボリや飲料水の支給もあるが
自宅からスコップや土のう袋を持参しとるのはワシだけじゃった。

被災者のお宅の土砂の撤去と覚悟して行っとったが
ワシらの今日の仕事は山道に建つ住宅の間を流れる側溝の土砂の撤去じゃった。
水の流れる側溝に降りての作業じゃけぇ割と涼しいのがラッキ-じゃった。

ただ深さ1.7mくらいの側溝で土のう袋に入れた土砂を、上まで持ち上げるのが大変。
15分間の作業の後は15分の休憩で、そのたんびに休憩場所まで行って
水分補給したりして休むんが無駄に思え、ワシは現地まで水筒に入れた
ポカリを持って行っとったんで一人現地に残り、そこで休憩をとった。
いちいち坂道を下ったり、また登って来たりする時間が無駄に思えた。

じゃが15分間の作業たぁ言うても、ふだんからそんな仕事しとらんけぇキツイのよ。
ホンマ休憩時間じゃとの連絡が待ち遠しい気持ちじゃった。

ワシとペアで作業した女の人も2回目の休憩から、同じように現場に残って休憩した。
長崎から広島に嫁に来たらしく子供もいないんで、仕事が休みの時に来とるとの事、
何回もボランティアに来とる今どき奇特なお人じゃ。

他には福島県の郡山市から車で来とるお爺ちゃんも、おりんさった。
作業が終わって公民館でバスを待っとる時に、その爺ちゃん持参の缶ビ-ルをワシに勧めたけど
もちろんワシは帰りの車があるけぇ断ったが、その爺ちゃん船越までバスで一緒に帰ったが
船越小学校の臨時駐車場から車で帰って行ったで。ありゃあいけまぁで。

自家製ビ-ル Ⅱ

昨日、『自家製ビ-ル』とタイトルしときながら自家製ビ-ルの事を書いとらなんだ。
そこの店には色んな種類のビ-ルがあって、その中に自家製ビ-ルが2種類あったのよ。
一つは名前を 『wabisabi Beer』 もう一つは 『Red 何ちゃら・・Beer』 と名づけとった。

これがどっちもイケるのよ。
ワシは 『wabisabi Beer』 を注文して2杯目からはいつものように芋焼酎に替えたけど
ビ-ル好きな人はけっこうその自家製ビ-ルを注文しとった。
『Red 何ちゃらBeer』 は隣の人のをちびっと頂いて味見した。

自家製ビ-ルというても勝手に届けなしでは酒造法違反に問われるじゃろう?
ネパ-ル人の店長に訊いたら、よう分からん英語で説明してくれたが
色んなビ-ルを自分のところでブレンドする? そのように聞こえたんじゃが・・・

それにしてもネパ-ル人の作った自家製ビ-ルの名称が 『わびさびビ-ル』 とはね・・・。
それを書きとうてタイトルを自家製ビ-ルとしたのに、その事に触れてなかった。

今日も金城町経由で千代田まで走った。

自家製ビ-ル

今夜は外国人がえっと集まる居酒屋Kに仲間11人と寄った。
広島にもこんな外国人が集まる居酒屋が何軒かあるが、どこも人気がある。
もちろん日本人の客も多いが、今夜は半分以上が外国人じゃった。

たぶん国籍もマチマチなんじゃろうね?
肌の色もそれぞれ違うし、交わされとる言葉も違うようじゃ。
ワシら11名は人数が多かったせいか2Fの席に着いた。
初めて2Fに上がったが外から見たら平屋に見えるのにどこに2Fが?

ワシらの後から数名の外国人グル-プがやって来たが、しばらくしたらおらんようになった。
帰りに1Fへ降りたら片隅にそのグル-プが会食しとった。
どうやらワシらの会話が盛り上がりすぎてうるさかったようじゃ。
ワシをはじめ、声の小さい大人しい仲間ばっかしじゃのに・・・。

スタッフの数の割には料理を長う待たせることがない。
どうやってやり繰りしとるんじゃろう? と不思議に思うくらいじゃ。

広島にも大勢の外国人がおってじゃが、この人たちにもお国の文化があるじゃろうに、
それでも日本どこかに魅力を感じ、やって来とるんじゃろうね?
五日市の秋祭りにも過去何人かの外国人が神輿を担ぎに来てくれとる。
今年も何人か参加してくれるんじゃろうか?
まだ木遣り音頭を詠う外国人にはお目にかかったことがない。
一人くらいそ-よ-なんがおってもええんじゃない?

後半戦スタ-ト

後半戦スタ-トに相応しい気持ちのええ朝じゃのぉ?
湿度が低いんか温度が低いんか知らんが、爽やかな朝じゃ。
エアコンの効いた寝室から外に出た方が涼しかった。
昨日までは寝室から出ようとするとムッとした空気に押し戻されそうじゃったのに・・・。

盆休みの間に小旅行も出来たし、墓参りもすべて終え、睡眠も充分にとれた。
小旅行では中2の孫娘が殊の外喜んでくれて、一緒に行けてエカッタ。
ワシら夫婦二人だけよりも孫娘がおった方が喧嘩もなく、楽しゅう旅が出来るんがええ。

物忘れの多くなったワシらに比べ、時間もしっかり記憶してくれて
ずいぶん助かったよ(笑)。いつまでワシらについてきてくれるかいの?
夏休みのええ思い出になったようじゃ。
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墓参

今日はゆっくり起きて女房殿の実家の墓参に行った。
息子一家も嫁の実家の墓参に行く途中に寄るというんで一緒に行った。

誰も住人のおらんようになった家の窓を開け、風を通す。
日中の外の気温はここらと変わらんが陰は涼しい。
白い灯篭が並ぶ中に、もう1本加え、みんなでお参りし、
息子一家は北へワシらは南へと、そこで別れた。

昼メシは外食して、ついでに買い物もして帰り、エアコンの効いたリビングで
高校野球見物じゃ。すでに地元広島は1回戦で敗退しており、特に応援する所もない。
敢えて応援するとしたら、隣の山口県の下関国際高校の監督が息子の友人らしいんで
明日の対戦を見るつもりじゃが、朝一番に親戚の墓参りに行く予定じゃ。

雨が降っとったら、高校野球観戦が優先し、雨が降ってなかったら墓参り優先じゃ。
小高い丘の上にある親戚の墓は、涼しい内に行っときたい。
ただそれだけの理由じゃ。

明日は午前中に大野、岩国、大手町と周る予定で
午後からボイトレが入っとるし、夜は夜で予定が入った。
ゆっくり出来たのは今朝ぐらいかもしれん。

北方領土

夏休みを利用して道東を旅してきた。
知床から納沙布岬を目指し根室市に入ったとたん
『返せ! 北方領土は日本の領地!』 みたいなフラッグや幟、看板が目立った。

納沙布岬から僅か3.9km先にある歯舞諸島の一つ貝殻島。
知床半島からも肉眼で見える国後島などが外国の領土とは考えにくい。
地図で見ても何でこの島がロシア領なん? と不思議に思う。

それを言うなら台湾の人も南西諸島を指して、そう主張するかも?
北海道の地名はアイヌの地名に無理やり漢字を当てはめた感が拭えない。
元々アイヌの土地を和人が奪い取った、そんな悲しい歴史が見えるようじゃ。
そうして明治政府が日本各地から開拓団を募集して未開の地を開発し、
広島からの開拓団が開発した地を 『北広島市』 と名づけたらしい。

領地の問題は個人どうしから、民族どうし、国どうしの争いを招いとる。
そうして流した血や涙は、その大地に染み込んどる事を感じた。
再びこの地を血や涙で染めてはならんという自分と
海の彼方を見つめ 『ロスケの奴らめ!』 と、メラメラと思える自分がいた。
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邦人北に拘束? 放っとけ!

何でこの時期、国交のない北朝鮮に入るんかいの?
自分の行動が母国日本に迷惑をかける事になるかもしれんとは思わんのかいの?
拉致被害者の家族がどんだけ神経を研ぎ澄ましとるんか?この時期にノ-テンキもええとこじゃ。

どうゆ-事情があったんか分からんが、この時期に危険な地域に行く事じたいが罪じゃ。
報道関係者などが一攫千金を狙うて危険区域に入ってドジ踏んで拉致される。
日本政府として放っとく訳にいかんので交渉するんじゃろうが、
家族のために交渉しとるフリをしても、実際は何もせんでもエエと思う。

戦争孤児や戦火から逃れた難民救済にあたる正義感あふれる人たちとは線引きし
自分の報酬目的で危険地帯に入った人たちには気の毒じゃが何の交渉も必要ないと思うよ。
自分の家族がそうなっても自業自得と諦めます。

この時期、日本を敵視しとる北朝鮮に何で行く?
理解出来んこの人の行動に憤りを感じとります。
もし無事に帰って来ても、相当の理由がない限り、日本で起訴できんのかいの?
こんな迷惑千万の輩を 『無事に帰れて良かった!』 と歓迎する広い心は持ち合わせてない。

反省会

先月28日のライブの反省会を久し振りに八剣伝コイン通り店でやった。
ちょうど中国新聞の方から義援金へ対しての礼状も届いたんで、それも持って行き、
ワシがちょろまかしとらん事を証明した(笑)。

新曲をどんどん取り入れていかんと、飽きられてしまうんで
新曲候補になる曲目も書き連ね、12月までに決まっとるライブの内容もプリントし説明した。

だいたい2ヶ月に1度以上は請けないと決めとるんじゃが、毎年呼ばれとる所は断れん。
10月~12月の間にすでに3つのライブが決定しとる。
このうち10月と12月は毎年開催しとるんで勝手が分かるんじゃが、
今回11月に呼ばれとるライブは合計6バンドの出演で三川町のライブハウスで行う。

同様の形式で規模の小さい店では以前にもやった事があるけど、今回は規模が大きい。
リハ-サルも含めて午後から夜までの拘束となるんで、長丁場の覚悟が必要じゃ。
ま、たまにはこんな経験もええかもと引き受けた。

個々の家での練習がどこまで出来るかで成果が決まるんじゃけぇの?
と声高に注意を促しても、アルコ-ルが進むにつれ、みんな気が大きゅうなるのよ。
ちゃんと自主練してきてくれえよ、ホンマ!

爽やかな朝

ゆんべは美味しい魚料理の居酒屋に連れてって貰うた。
『やぐら』が閉店して刺身の美味しい店を探しとったところじゃ。
久し振りのサラリ-マン時代の先輩・後輩との会食じゃった。

ほろ酔い気分で店を出た時に、ここ最近ずっと感じとった外の熱気を感じんかった。
べっぴんさんに佐伯区役所前の電停まで乗せて帰って貰い、
そこから自転車で帰ったんじゃが風が気持ちエカッタ。
行きはまだ暑かったんで区役所前の電停まで自転車に乗って行っとったんよ。
あの数時間の間にこがぁに涼しゅうなるとは・・・

当たらん天気予報によると涼しいのは昨夜だけで、また今夜から熱帯夜が続くらしい。
帰ってしばらくすると保存会から8月度幹事会のお知らせが来とった。
8月の幹事会は欠席となりそうじゃ。

原爆記念日

原爆記念日の今日、NHKのお昼のニュ-スにも夜7時のニュ-スにも
トップニュスとしての報道はなかった。
毎年毎年行われる式典も原爆投下後73年も経てば遠い昔の話になるのは分かる。
若い人たちには縁遠い話でもあり、広島以外の人にも縁遠い過去の話なんじゃろうね?

そんな中、ウチの嫁は 「一度は連れて行ってやろうと思って・・・」 と娘たちを連れて
原爆の日の夕方から元安川の灯篭流しを見に出かけた。

ワシは被爆二世であり、横川駅で被爆し、駅舎の下敷きになり重傷を負った母親から
原爆のことは小さい頃から聞いて育った。
額の生え際には駅舎の梁が落ちてきた傷跡が残っていて、何度も指で触った記憶がある。

よくぞそんな中、生き延びて五日市へ嫁ぎ、ワシを産んでくれた。
小学生の頃は母親が早死にするんじゃないかと怯えとった時もあった。

母親を爆風で倒れた駅舎から助け出して、三滝まで連れて逃げてくれた人は
放射能の影響か、1週間後には亡くなったと母親から聞いた。
薄れる意識の中で喉に血が落ちるのを感じながら三滝の山まで運ばれたとも聞いた。

75年間は草木も生えんと言われた広島の郊外に被爆二世として生まれてこれまで
元気な身体に産んで貰え、育てて貰えた事に、あらためて感謝する。

広島に生まれた人間でも、被爆した母親から生まれ、原爆の事を聞いて育ったワシら世代から
息子の世代、孫の世代になったら縁遠い存在になるんじゃろうと、それが自然じゃと思うとったが、
嫁の今夜の行動に、広島人として感謝するね。

夜9時のNHKニュ-スではトップニュ-スとして報道された事も付け加えとこうて。 

大変なリハビリ

田舎暮らしをしとられる先輩のブログが長いこと更新されんのでラインを送っていると
2月に奥さんが救急車で運ばれ、緊急大手術で命拾いされたとの事を聞き、訪ねた。

弓状大動脈瘤剥離と診断され、緊急手術となり、大動脈を人口のものに取り替え
一命をとりとめたとの事じゃが、同時に脳梗塞も併発し
一時は体がまったく動かんかったらしいが、懸命のリハビリにより
今では杖を使いながら一人で何とか歩けるまでに回復されたらしい。

今でも左半身にマヒが残るみたいじゃが、そのリハビリたるや壮絶な闘いのようじゃ。
理学療法1時間、作業療法1時間、に加え知能療法(?)も1時間せにゃあいけんのんと。
一般人には簡単な,白紙に任意の位置に番号をふって、その順番に線で結んだり、
簡単な足し算、引き算、掛け算などの問題を解いたりするんじゃそうなが
左端の視界が見えないため、算数の問題は左端の列の問題を解いてなかったり
簡単な計算なんじゃが、計算をしとった脳細胞が死んどるため、
代わりに周りの脳細胞がそれをやってくれようとするんじゃが、
周囲の脳細胞は今までその経験がないけぇ、反応に時間がかかるらしい。

思い通りに動かぬ手に足に体に、歯がゆくて動く右手で左手を叩いたりイライラが募ったらしい。
それを傍で見るご主人もそりゃあ大変な解除じゃったろうて。
話を聞いとって涙をこらえるんが精一杯で、作り笑顔で応えるワシも疲れたよ(苦笑)。

不幸中の幸いと、周囲の人に恵まれた幸運と、自らの努力によって生き存えた命、
まだまだワシの努力なんか努力のうちに入らんと教えて貰うたよ。

熱中症対策

最近、救急車のサイレンを毎日何回も聞く。
『また誰か熱中症で運ばれとってんかいの?』気になる。
それ位の猛暑が連日続いて、今までの気候を考えると今年は異常な年じゃ。

春から桜の開花が異常に早かったし、梅雨入りも異常に早かった。
そして連日広島でも36℃を超す猛暑、岐阜では今年3回目の40℃超え。
これから先10年・20年とこれが当たり前になってくるんじゃろうか?
ほしたら人間は地球の表面では暮らせんようになりそうじゃ。
地下に潜っての生活が当たり前になってくるかも?

太陽の下の海水浴やラジオ体操が昔話になる時代がくるかもしれん。

熱中症対策しとってですか?
テレビで注意しとったけど、水分補給だけじゃいけんらしいよ、塩分の補給も必要らしい。
ワシら高血圧の者は塩分が体から抜けてエエかと思いよったが、違うらしい。
水や麦茶だけじゃのうてポカリスエットも飲まにゃあいけんかいの?
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