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台風24号

台風は四国沖を進み和歌山県の田辺市に上陸、現在は名古屋付近を進んふぉるとか?
広島でも呉の方で土砂災害があったようじゃが、犠牲者はなかったようじゃ。

今朝は友人の葬儀に出席し、昼過ぎに帰ったんじゃが、どこにも出られん。
じっとガマンの子で何もせずに自宅待機は辛い。
明日の準備をしようにも雨と風で何もできん。
ホンマ、今年は猛暑に豪雨に台風にと自然災害に苦しめられる年じゃ。

カ-プは試合開始早々に大瀬良が打たれ、見る気もせんかったが
考えてみりゃあ、ジャイアンツがCSに出てきてくれた方がええけぇ、今日は負けて正解かも?
Denaはどっちかと言うと相性が悪いもんね?

祭りの準備もこの雨じゃあ外の飾り付けはできん。
台風の風で提灯や大紙垂が飛んどらにゃあええが・・・?
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台風24号は中国大陸を目指して西進しとると思い、安心しとったら
急に向きを変えて日本列島を目指して来るんじゃそうな。

そんなニュ-スを聴きながらうたた寝し始めたところへ携帯が鳴った。
同級生の訃報じゃ。メチャクチャ元気な奴じゃったが6年前に悪性リンパ腫を発症したとか?
すぐに事務所まで来て登録しとる同級生に訃報の一斉送信、イヤな役割じゃが、仕方ない。

今夜の通夜と、明日の葬儀を連絡、彼との思い出が走馬灯のように駆け巡る。
15年位前にも秋祭り前に同級生を見送った。
わが家の愛犬が亡くなったのも秋祭りの1週間前じゃった。

台風24号の影響か、深夜から雨が落ちだした。
今夜も明日も雨の予想、彼との別れを惜しむ悲雨じゃろうの?

カ-プ地元優勝、おめでとう!

やっとリ-グ優勝を決めた。
相手のピッチャ-が調子悪かったら、やっぱり石井コ-チの愛弟子たちは打つねぇ!
また九里ちゃんが踏ん張ってガマンしてくれたねえ! 
あそこまで投げたんなら9回も投げて完封して欲しい気持ちもあったね。

カ-プの今の打線は相手投手の調子が悪かったり、
2線級のピッチャ-じゃったら打ち勝てる力があるよね。
これは昨シ-ズンまでの打撃コ-チの石井さんの遺産とワシは信じとる。
このカ-プ打線でも、相手投手がエカッたら打てんのが野球の面白さよ。

緒方監督はラッキ-じゃのぉ、3べんも胴上げして貰うて。
松田オ-ナ-でエカッタね? 来期も続投と表明して貰うた。
そりゃあ優勝した監督をクビにゃあ出来んもんのぉ。
今のカ-プは石井コ-チの置き土産の打線で打ち勝つけぇ面白い。
何もせんでも選手がやってくれる、緒方監督はラッキ-者じゃと思うよ。

とにかく地元優勝おめでとう。

十六夜

今夜は快晴で十六夜のまん丸お月さんが東の空から上がった。
今日は夕方から某メ-カ-のセミナ-に参加したんで、帰ってから事務処理に追われ、
帰宅がちっくし遅れたんで、まん丸お月さんを見ながら帰れた。

今日は火曜日なんで(おっと、もう水曜日か?)木遣り部の練習日じゃったが
遅くなったんでお休みすると電話を入れ、帰宅した。

今日もカ-プの優勝は持ち越しと相成った。
こんなんじゃあ今年も日本シリ-ズにも出られんのんじゃないか?
その方が監督とピッチングコ-チを首にしやすいかも?

リ-グ優勝したチ-ムの監督やコ-チを首にするには反論も多かろうが
2年続けてリ-グ優勝したチ-ムが日本シリ-ズに出られんとなると理由付け出来る。
何の策もない、選手任せの監督とピッチャ-の心理や状態が分からんコ-チは要らんでよ。

運転しながらでも音頭の練習をしとかんと、声が出んけぇ
この時期、車の中で練習するしとかんと・・・
自宅や事務所で大きな声を出す訳にいかんもんね?
運転中の車の中は密室じゃけぇ、どんだけ声を出してもせやぁない。

西広島バイパスはこの時期、ワシの木遣り・音頭の練習場所となる。

十五夜

今日は旧暦の8月15日になるとかで十五夜じゃったらしい。
広島ではあいにくの天気で満月は見れんかったが関東の方では見れたらしい。

月を肴に風呂上がりの一献、庭に咲くススキの一つもあれば日本の秋の夜長、
昔のそんな 『和』 の演出があったら最高じゃろうね?
以前、芸北の秋祭りに招かれた時、そんな演出も出来ない事はなかったが
ちっくし芸北の秋は寒すぎた。

今夜は息子一家と食事に出かけ、賑やかな夕食となった。
一番上の孫娘が今年は祭りの運搬係でデビュ-したいと言う。
なんらかの形で祭りに関わりたいみたいで、まだ赤ん坊の時に法被を着て
ワシが抱いとる写真があるが、あれから12年? 
自ら祭りに参加したいと言い始めた。

爺は嬉しいでよ。

飾り付け

今日からワシら西地区の保存会は町の飾りつけを開始した。
秋祭りへの演出じゃ。

朝、9時に集会所へ行ったら、すでに子供会さんが幟を立てるのに準備をしておられた。
今年は子ども会さんは始動が早いねぇ。
ワシらは今日は提灯や大紙垂を電柱の高い位置に荒縄に吊るしたものを張っていった。

もくもくと作業を続けるんで例年に比べペ-スが早い。
光禅寺近くに東の真新しい中幟が立ててあった。
東も今日から始めんさったんじゃね?
幟は個人負担で作っちゃったらしく、名前があった。
賑やかになるけぇエエね!

ワシは午後から墓参りがあるんで午前中で帰ったが、午後からも続けてやってくれる者は
集会所で用意された昼飯食ってから頑張ってくれたようじゃ。

東が中幟を今年から立ててくれたんで、神輿が通る沿道が賑やかになる。
今年の神輿の渡御が楽しみである。

子ども会

今夜は子ども会の木遣りの練習があった。
年々、子供が少のうなるような気がする、今年は17人じゃったと。

朝、女房殿が同窓会にお出かけとの事で駅まで送ってやった足で事務所に。
午前中、事務所におって、午後からはおやじバンドの練習を夕方までして、
大汗をかいたんでシャワ-を浴びて大相撲をテレビ観戦しとったら女房殿のお帰りじゃ。
車で行っとる人がおったんで、乗せて帰って貰うたらしい。

早めの夕飯を食べ集会所へ行くと、すでに子供達は2階で待っておった。
2階へ上がり 「こんばんは!」 と大きな声で挨拶すると、元気な声が返ってきた。
ウチの息子んとこの1番下の子も来ていて駆け寄って来た。うい奴め!

ワシらが2階で木遣りの練習をしとる間、祭りの裏方、女性軍の打ち合わせが1階で行われた。
毎年、女性軍の打ち合わせも同じ日にやる。
祭り当日の担ぎ手の胃袋を担当する女性軍はメシやおかず、飲み物の担当、手配を決める。
道中の運搬役も大切な仕事じゃ、子ども会のお母さん方も含め、きっちり話し合う。

この日が来たら、いよいよ秋祭りじゃのぉ・・・と感じる。
帰りの夜風も半袖、半ズボンじゃ、ちと寒う感じる季節になった。
こんな夜、テントの中はさぞかし寒かろうと案じる。

電話

I副会長のプレスリリ-スにより、NHKから電話があった。
数日前にも問い合わせがあり、昨日も夕方あった。
神輿を担ぐ外国人や子供神輿などに興味があるらしく
保存会、連合会の歴史から今の状態など詳しく問い合わせがあるんじゃが、
昨日は急ぐ仕事があったんで、急ぐ事務処理をしながら応対しとったんで
記者の人に『真剣に応えてくれん』と思われたかもしれん。

連合会の会長の連絡先を教えて欲しいとか、子供神輿の代表者の連絡先を教えて欲しいとか
仕事をしながらでは応対しにくいことも訊いて来られるんで
「ちょっと待ってね、もうすぐ仕事がキリのええとこまで済むんで・・・」とか話しながら
「ハイ、失礼しました。これからは貴方の質問に集中できます」
じゃが、それからも相当の時間訊ねられた。

取材する方も、相当のインパクトがないと面白い内容にならんので
どこにポイントを置いて、何を視聴者に訴えるかを考えておられるようじゃ。

歴史講座

遅うなったが、頂きものの清酒2本持って木遣り部の練習を覗いた。
すでに懇親会に入り、歴史講座が始まっておった。
賢明なる聴講生のワシも大人しゅう席に着き耳を傾けながら、
目の前の飲み物をいただいた。

K連合会会長が、せっかくワシが来たのに発声もさせずに帰らせちゃあ申し訳ないと
本年度の演題である『敦盛さん』をやってみぃ! と仰られた。

ただの一度もやったことのない演題を、まだ喉の潤しが足らん状態で
さぐりさぐり声を出してみる状況で、何とも声が出ない。
とうとう終わりまでやっても声も出にゃあ、順番もでたらめで、皆さんにご迷惑をお掛けした次第なり。

『こりゃあ、どうにもならん!』 と思われたんか、そこから又、歴史講座が始まった。
ワシも嫌いじゃないけぇ、そこそこ知っちゃあおるが、まぁ、なんと詳しゅうに勉強しとんさる。
興味深く大人しく聴いちゃあおったが、放っといたら夜が明けると思い
『本日の講座はここまで、続きは次回に』 とのワシの発声でお開きと相成った次第。

続きも聴いてみたい

おんな神輿に?

敬老の日のプレゼントを持って来た孫娘が
「お祭りのおんな神輿には何歳から出られるん?」 と訊く。
「ど-したんや、出たいんか?」
「うん! だってかっこいいじゃん!」
どうも血は争えんようじゃ。

ワシも小学生の時に青年団が担いどった喧嘩みこしに憧れたもんじゃ。
『中学生になったら青年団に入れる』
そう聞いとったんで、早よう中学生になりたかったし、喧嘩みこしを担ぎたかった。

喧嘩のようすを見たら怖いと思う時もあったが、かっこええとの思いが強かった。
小学校の仲間もみんな 『中学生になったら青年団に入ろう』 
そう言うとったのに、実際に中学生になって青年団に入ったのは二人だけじゃった。

一緒に青年団に憧れとった友人に
「どうしたんや? 来いや! ワシは青年団に入ったで!」 と言うても
『親があんとな悪い人らの仲間に入っちゃあいけんゆ-んよ』
「何ならぁ!、神輿担ぎたかったんじゃあないんか? 悪い人なんかおらんで」
『う・・・・・ん』  何回か誘うたが、親から厳しく反対されとったんじゃろうね?

孫娘にとっては女みこしの姿がかっこええんじゃろうね?
「髪をアップにして、お化粧してみたいんか?」 と訊いたら
「うん!」 じゃと。

五中野球部

夜、スナックの元ママから電話が入った。
他に用事があったんじゃが、どうも一人で飲んどるらしく寂しゅうしとる様子に
「どこにおるん? 行こうか?」 と声をかけたら
「ホンマ!? 嬉しい!」

その様子をヘリで聞きよった女房殿、ご機嫌であるハズもなく
「えぇ-っ! 今から出るん? しんどいよ、行かん方がええんじゃないん?」
「はぁ行く言うたけぇ・・・いつもライブには来て貰うとるし・・・」
その店もウチから近いけぇ、歩いて行った。

行ったらその店の店主が五中の野球部の後輩のT君じゃった。
最初は 「どっかで見たことあるよね?」 と店主が言うとったが
話をする内に後輩じゃと分かり、懐かしい話もしながら飲んだ。

またワシが座った席の隣に座っとった女性客は昔Sさんの奥さんが経営する店の女の子じゃんか。
すぐに打ち解け合うて、ワイワイ楽しゅう飲ませて貰うた。
五中野球部の昔話を酒の肴に杯も進みました。

懐かしい顔、顔、そして背景

子ども会から祭りのお手伝いと木遣り音頭の練習の案内が来た。
そもそも秋祭り保存会のきっかけは、子ども会のお手伝いから始まった。
これも何かの縁じゃけぇ、出来るうちはお手伝いさせて貰うつもりじゃ。

最初のきっかけはウチの子どもらが子ども会でお世話になっとる時に
ウチの女房殿が役員になり、祭りの大幟を立てるのを手伝えと言われた時じゃけぇ
その時の役員さんらは同年代になる。
っちゅうことは、もう爺さん婆さんになっとんさる、っちゅうことじゃ。

それから、段々と若いお母さん方が子ども会の役員になりんさって、
ワシらもずっと一緒にお手伝いしてきたけぇ、その頃の役員さんの顔も覚えとる。
あの頃べっぴんさんじゃったお母さん方も、はぁおばさんになっとってじゃろうの(失礼)?

時代の流れで、徐々に子ども会のお父さん方がやらにゃあいけん作業を
秋祭り保存会のメンバ-にお願いしたいとの申し出があった時に
子供会役員のお母さん方と対立した時期もあった。

やっぱり、その時期のメンバ-や、その時の背景は、よ~覚えとるねぇ。
秋祭り保存会のメンバ-も年と共に変わっとるかもしれん。
あれから20数年経ちゃあ、みんな年を取るよのぉ。

じゃが、たとえ1年でも子ども会の役員さんになられて、一緒に活動したら
やっぱり多少の人間関係が出来るけぇ、今でも見かけりゃあ挨拶もするし、話をすることもある。
祭りは老若男女、誰でも参加出来るのがええ! そこに世代を超えた人間関係が生まれるもん。
近所付き合いが希薄になっとる昨今、祭りや町内会の行事は大切な役割をしとると思う。

根室市

プ-チンくんがつまらん事言うけぇ、3日も続けて対ロシアの事を書くことになった。

この夏、北海道の納沙布岬を観光した時に、根室市の北方領土への熱い思いを感じた。
根室市に入ると町のあちこちに 『北方領土は日本の領土じゃ!』 みたいな看板を見た。
知床半島の羅臼町では見かけんかったのに・・・

知床半島の羅臼町からは肉眼で国後島が見える。
納沙布岬からは歯舞諸島が見える。
根室市は町をあげて北方領土は日本固有の島じゃと主張しとるように見えた。

昔からロシアは不凍港を求めて南に領地を求めたが、そこには先住民がおり、
未開地ではなく、日本では江戸時代には徳川幕府がおり、明治時代には新政府が見張っとった。

それでも武力で不凍港を手に入れようと南下してきたが、遼東半島では二百三高地が落ち、
日本海では、わざわざヨ-ロッパ、アフリカの喜望峰を経て無敵のバルチック艦隊を
日本へと出陣させたが、東郷平八郎、秋山真之、率いる、
まだ維新から40年余りの日本海軍にコテンパンにやられ、沈められた。

その時の悔しさがあったんかもしれんが、第二次世界大戦で日本が敗戦濃厚とみるや
まだ条約の有効期間中じゃのに、日ソ不可侵条約をホゴにして終戦記念日である
8月15日の1週間前に突如樺太や満州に攻め込んで戦勝国入りした、ちゃるい国よ。

連合国側はこの時、ソ連の参戦を望んどらんかったのに、無理やり連合国の味方して
『この期に日本の領土を占領しちゃれ!』 と攻めてきた根性の悪い国よ。

そがぁな国が、やすやすと北方領土を手放すハズはない。
世界中の世論が批判しても、聞く耳持っとらん、とワシは思うんですが・・・
ウクライナのクリミヤ半島の強奪も記憶に新しいよね?

GDPの高い国じゃない、経済制裁で武力を使わず反省して貰うた方がええ。
経済的な支援を提供して北方領土の交渉しようとしても無駄と思いますよ。

あろうことか・・・

プ-チンが安倍くんをおちょくっとる。
ほいじゃけぇプ-チンとなんべん会合を重ねても無駄じゃと言うに・・・
22回も会談(怪談?)した? 内容を伴わん会合は時間の無駄、国費の無駄よ。
プ-チンとの友情? そんなもん今までもこれからも双方、心にはないじゃろう?

北方領土も、もう70年以上ロシア人が住んで、生活が根付いとるよね?
一方、北方領土から日本へ移住させられた人が何人今、残っとる?
再び北方領土に帰って、そこに生活基盤を置こうと考えとる人が何人おるんじゃろうか?

ロシアが返すつもりが無いなら、そ-ゆ-付き合いをすりゃあええんじゃないん? ダメ?
ロシアの人々、個人個人を責めるつもりは毛頭ないが、ロシアという国は好きじゃない。
ロシアもソヴィエトも国となったら好きじゃない。
ワシが好感を持てる政治家はゴルバチョフ氏だけじゃね。

北方領土にロシアが軍事施設を整備するなら、日本も北海道の東沿岸に防衛設備を!
戦争はしとうはないし、絶対しちゃあいけんが、攻めて来られんように毅然としとかにゃあいけまぁ?



日ロ会談? しても無駄じゃろう?

安部くんが総裁選で忙しい合間を縫うて、近かったとはいえ日ロ会談に出向いたようじゃ。
プ-チン政権となんぼ話をしても無駄じゃろう? 
むこうは日本から金を北方領土の経済開発に出させようとしとるだけじゃんか。

諦めてはいけんのんかもしれんが、がまんの時かもしれんが
向こうが譲歩する気持ちがサラサラ無いんじゃったら、一銭も出す必要ないじゃろう?
プ-チンは 『会いたい』 と言えば、その度に土産を持って来てくれる安部くんを歓迎するじゃろうて。

中国の習ちゃん、北の金ちゃんもご近所なんじゃけぇ、仲良うすべきなんじゃけどね、
敗戦国のクセに先に先進国の仲間入りした倭の国に何かとイチャモンつけてくるよのぉ・・・

不参加⇒参加

商工会の交流会と重なったんで、秋祭り保存会の 『総がかり会』 には欠席と届けを出した。
じゃが商工会の交流会で思いがけん人と出会うたのと、商工会のメンバ-からは
いつもの二次会の会場が当日、他のグル-プに貸切りにされとった為か、誰からもお誘いがなかった。
一人二人 『次、どこへ行くん?』 と言うてくる者はおったが、「今日は行かんぜよ」 と答えた。

それで思いがけず出会うた人と 『総がかり会』 に途中参加させて貰う事とした。
総がかり会はすでに会議を終え、懇親会に入っとったが、
『あれっ? 欠席じゃあなかった?』 みたいな顔でみんな迎えてくれた。

懇親会も間もなく終了し、殆どの人は帰ったが、それでも10数名は場所を二階から一階に替え
二次会のスタ-トと相成った。ワシや思いがけず出会うたIさんは3次会じゃ。

この時に隣に座ってくれたんが、木遣り部に新しく入部されたお方じゃ。
このお方は昨年も西の俵みこしにずっとついて廻ってくれたらしいが、ワシは知らんかった。
また、このお方が昨年のワシの事を覚えてくれとりんさって、初めて見たのに印象に残っとったんじゃそうな。

この方と話がはずんどるのに、時折り反対側の隣に座ったドクタ-が肩をつちて話しかけてくる。
何を話しかけてくるんかと思うたら、しょうもないダジャレじゃ。
じゃが、このドクタ-の無邪気な笑顔も放っとらかしに出来んのよ。
いつもは病院でクソ真面目な顔して患者さんと対峙しとりんさる。
ホンマは秋祭り保存会でバカ言う時みたいに、しときたいんじゃろうが
ドクタ-という立場もあるけぇのぉ・・・  ワシら保存会のメンバ-はみんな知っとるんじゃが・・・。

「もう! 何ね! 今、話が盛り上がっとるんじゃけえぇ、そがいなしょうもない事で話し掛けんといてぇや」
またすぐ振り返りその方と話に戻るんじゃが、またドクタ-が肩をつつくのよ。
その繰り返しで 『総がかり会』 は幕を閉じた。

このお方(失礼、その時は名前を覚えとったのに酔が覚めたら忘れてしもうたんよ)の出身地は
島根県の美郷町で、ウチの息子の嫁のご両親の実家と一緒じゃんか。
ワシもこの辺は景色も好きじゃし、お気に入りの温泉もあって、よう行くところで地理に明るい。
またこれで話が盛り上がり、これから保存会で長くお付き合いする方となりそうな気がする。

総がかり会に参加してえかった。

総掛かり会

早いもので、もう総掛かり会の時期になった。
今夜は商工会の行事と重なって、そっちへ出席する。

子供会さんからもお手紙が来とった。
『今年もよろしくお願いします』 との内容で、俵みこしの組み立て、出発、
そして木遣り音頭の練習日時など書いてあった。

そもそもウチの息子が小学生の時に、女房殿が子供会の役員になり、
『祭りを手伝え』 と言われ、大幟立てを手伝うたのが始まりじゃった。
以来、子供会はとっくに卒業しとるんじゃが、何故かお手伝いさせて貰うとる。

子供会のお手伝いを始めて何年目じゃったか、やっぱり秋祭りのお手伝いをした後、
打ち上げの席で、『昔の五日市の祭りは喧嘩神輿が出て賑やかじゃった』
と、よけいな事を皆さんの前で喋ったんが、いけだった。

当時の町内会長さんが 『ほいなら復活させちゃったらええのに』 と向けられ
ほろ酔い気分のワシはいつもは気が小さいクセに、この時は
『おぉ! やりましょう!』 と大見えを切ってしもうたのよ。
同席しとんさった現名誉会長も大きく頷かれ、後に引けんようになってしもうた。

あれは半世紀近く前のことになる。
『光陰矢の如し』 年月の流れは、ホンマに早い!

続いて地震

台風21号の凄まじい爪痕も生々しい時に、今度は大地震が道南を襲うた。
信じられん位の山崩れが広範囲に発生して、まるでタライの中に土を盛って
激しくタライを揺すったような崩れ方をしとる。こんな光景も初めて目にする。

台風21号の凄まじい風による被害も、今まで目にした事ない光景じゃが、
こんな山の崩れ方も見たことない。山裾に広がる集落が崩れた山の下敷きになっとる。
多くの人たちがその下に生き埋めになっとる。早よう助け出してあげて!
もし自分の家族が下敷きになっとったら・・・
「今日の捜索はここまで・・・」 そんな事許せんじゃろ? 自分一人でも必死になってスコップを持つと思う。

どうか交代してでも夜を徹して土砂を取り除いてあげて下さい。
自分の家族が下敷きになっとると思うて。

台風21号

いやぁ・・・凄まじいね! いびせぇね? ホンマ・・・。
関空に通じる橋が流されたタンカ-でめげた? そんな事ありぃ~?
橋を渡るトラックや車が横転、飛ばされとった。

屋根の瓦棒やカラ-ベストなどが強風で次々と剥がされ飛んで、離れたマンションの窓を直撃!
電線が切れたり、電柱が折れたり、街路樹が倒れたり・・・
車が飛ばされるんじゃけぇ、人間も飛ばされるよぉ・・・そんな時に外に出るか?

工事中のビルの足場は倒れ、港湾の大型クレ-ンも倒れ道路や埠頭をふさぐ。
タンカ-が岸壁に挫傷し二つに折れてしもうとる。

広島は何ともなかったけぇ、他所がそれ程までに痛めつけられとるとは思いもせなんだ。
夜のニュ-スで流れてくる映像で、久々に目を釘付けにされた。
広島に来んでエカッタのぉ・・・近畿圏の被害に遭われた方には申し訳ないが・・・。

今年ほど自然災害に痛めつけられる日本列島は珍しいんじゃない?
自然の脅威に人間の無力さを感じる様々な災害が起きた。
じゃが、今、ワシらがあるのは、そ-ゆ-災害からまぬがれた、耐え残った
幸運で強い、先人たちがおってくれたけぇじゃもんね? 感謝!

風の盆歌

今年の風の盆歌は中日が日曜日じゃったんで、行ってみたかったんじゃけど、
女房殿がそれほど行きたくなさそうなんで断念したが、昨日終わったね。
広島からのツア-もあったけど全然本番とは違う日で、観光客相手のショ-みたいなもんなんで
全然食指が動かんかった。来年も日曜日が含まれるなら誰か同行者を早めに探しておこう。

あれは 『愛の流刑地』 という映画の中で見たんが初めてで、
調べてみて、絶対行きたいと思うた祭りじゃった。
イメ-ジ通りの情緒ある胡弓の音が今も記憶に新しい。

あの広い河原に臨時に設けた大駐車場に100台以上の大型観光バスが全国から集まり、
それに輪をかけて乗用車も広い河原を満杯にした様子も圧巻じゃった。
八尾の晩夏を、ぼんぼりの灯りを頼りに胡弓の音色を求め歩く観光客、
深い編み笠に、ほのかな色気を漂わせ踊る踊り手たち、
飽きることなく、いつまでも夜の通りに身を置いていたい気持ちにさせられました。

防犯パトロ-ル

毎月の幹事会の会議の前に3~4名を1つの班として地域内を手分けして
防犯パトロ-ルを始めてもう何年になろうか?
グリ-ンのベストを着て、ライトの点滅するポ-ルを持って区域内を歩くだけじゃが
何らかの防犯の足しにはなっとる事と自負しとる。

今回、ワシらは中土手から中土手西の町内会区域を回った。
一緒に回った会長が 『昔はこの辺はこうじゃった』 とか説明する。
おぼろげに昔の記憶をたどりながら、あれがあった、これがあったと
他のメンバ-の記憶も借りながら、昔の光景がよみがえってくる。

もうワシらが子供の頃に見た建物が残っとるところは少ない。
新しく建て替えられた家は、その建築工法も時代と共に変わり
家全体の形も昔とは大きく変わっとる。

個々の敷地も、昔の家は周りに庭があり建物と建物の間隔が広かったが、
今は隣の家が火事になったら類焼は免れんと容易に想像できるほど
隙間なくビッシリと建てられとる事に気付く。

家の数は増え、人口も増えとるんじゃが、祭りや運動会など地域の行事に参加する
若いお父さん方は減っとるように感じる。人口密度は確実に高いにもかかわらずじゃ。
これも時代の流れなんじゃろうね? 

昔の方がええところもありゃあ、今の方がええところもある。
物質的には今の方が圧倒的にええんじゃろうが、人とのふれあいとか
どう表現したらええか分からんが、昔の方が圧倒的にえかったよの?
と感じる部分も多々あることは確かじゃ。

手間暇かからず、暮らしぶりが楽になっとるのは確かなんじゃけどね。

9月度幹事会

今夜は西地区の9月度幹事会が開催された。
本来なら第2土曜日じゃけぇ、来週のハズじゃが、来週は総がかり会なんじゃそうな。
早いもんじゃねぇ、もう秋祭り前の 『総がかり会』 の時期とは・・・
例によって会議前の地区防犯パトロ-ルを手分けして実施した。
今夜は久し振りに涼しく、気持ちのええ夜で、もう虫の声も聞こえとったよ。

今夜の幹事会出席者は多く、久々の1F満杯状態で、室内の方が熱気で温度が高かった。
北からI会長も出席されとったし、西日本豪雨災害の義援金もしっかり集まり、
それにわが西地区保存会会計からの義援金も足して中国新聞に届ける事を先ず決定した。

それから秋祭りまでの準備にまつわる行事の日程確認をし、各報告を添え会議は終了・
続いて第2部の懇親会に入ったが、毎月個々に500円ずつ持ち寄る金額もようけ集まったと思う。
祭りの会合ゆ-たら、飲んでばっかしと思うとる人がおってみたいじゃが、
毎月の幹事会の懇親会用の酒やつまみ代は、毎月それぞれが握ってくる500円で運営しとる。
毎月の当番にあたる班が、その買い出しや準備をしてくれる。
決して祭りの際に集める 『お花』 を毎月の幹事会の飲食費にはあててない。
われわれが胸を張って活動できる、ええ仕組みじゃと思う。

明日の日曜日は祭りの飾り付けに使う紙垂などを作る作業かと思うたが
皆さんが今まで日曜日に出て準備してくれたんで、ほぼ終わったようで
明日の作業はお休みとの事じゃ。 
明日は仕事で、お客さんをショ-ル-ムへ案内せにゃあいけんので助かる。
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