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最後の新年会

ゆんべがたぶん最後の新年会になると思う。
もう1月も終わりじゃもんね? ホンマ早よう過ぎた1月じゃった。
忘年会に比べたら新年会は少なかった。
それでも6回誘われ、その内5回出席できた。

新年会でも新しい出会いがいくつかあった。
ワシは初めてと思うとっても先方は 『いえ以前お会いした事あります』 とか言われると
自分に自信がなくなってしまう、と同時に申し訳ない気持ちになるんよね?

世の中にはホンマいろんな方がおられ、自分にない価値観、観点を持った人に出会うと、
また今まで出会ったことのないタイプの人に出会うと興味津々でいっぱいお喋りしとうなる。
まだまだワシら若い方で、知らんことも多い若輩者じゃ。
知らん世界の話を聞くのは楽しいてぇねぇ?

祭りもそうで、日本各地いろんな祭りがあり、それぞれ違うけぇおもしろい。
見に行ってみたい、またその祭りの中に入ってみたい、そんな祭りも多い。
中に入ったら、また見た目と違う楽しさ、厳しさがあるんじゃろうね?

リタイアしたら全国津々浦々の祭りを見に行きたい。
そして新しい出会いを求めたい、日本中に祭り仲間を作りたいね(笑)。

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雪国

義父の一周忌で湯来に行ってきた。
前日の五日市も雪が降ったが、ぼたん雪で積もるほどじゃなかったが、
湯来は雪国じゃ、スタッドレスの息子の車でも行けるかどうか心配した。

同じ五日市でも八幡辺りから違うねぇ、屋根に雪がうっすら積もっとるんで違いが分かる。
治五郎の滝辺りから山道に入ると、辺り一面雪景色となり、橋は凍結しとる。
スタッドレスとはいえ雪道に慣れとらんけぇソロソロと走る。
大森神社辺は銀世界で10cmくらいは積雪があった。

何があるか分からんけぇ長靴、カッパ、着替えも用意して、かなり早めに出たが
ノロノロ運転でも1時間もかからず湯来ロッジまで着いたが、会場の寺は更に奥になる。
湯来ロッジから先がまた雪の量が全然違うのよ。

寺の周りは15cmくらいの新雪が積もって、駐車場から見る景色は一面の銀世界じゃ。
朝日が差込みまばゆいばかりの銀世界に、思わずシャッタ-を押した。

誰よりも一番乗りじゃったんで駐車場から寺までの道を長靴に履き替え
息子と二人で新雪を踏み固め、雪除けをして後から来る人のための足場ならしをした。
境内に雪かきの道具があったんで、境内はそれを借りて道を作った。

法要は無事に終わり、みなさんそれぞれ帰られるのを見送り、前住職と住職と
スト-ズにあたりながら、ウチの母親の分骨を京都へ納めに行く処方について訊ねながら談笑した。
前住も住職もワシの事をよう覚えてくれとんさって、以前ワシが一人で前住の法話を聴きに行った事を
よう覚えてくれとんさった。ワシ以外は近所の門徒さんじゃったけぇ目立ったんかもしれん。

しばらく談笑して失礼したが、たった3時間くらいの違いじゃのに、帰り道には殆ど雪がなかった。

連合会

今年初の連合会での会議があった。
あいにく北地区の新年会と重なったようで、北地区は不参加じゃった。

さくらパレ-ドへの俵の参加は、ほぼ決定したようで連合会として1台の俵を出す方向で進める。
さくらパレ-ド実行委員会からの要請に応える形で実現しそうじゃ。

あいにくの天気で、雪が舞う寒い夜じゃった。
天気予報では午後には雪は止むとの予報じゃったが、またしても大外れじゃ。
明日の朝が心配じゃ。明日は義父の一周忌にあたる。
雪深い湯来まで行かにゃあいけんのんじゃが、危険と判断したらやめようて。

暖冬じゃのに・・・

暖冬じゃのに、よりによってこの週末に寒波?
今年の冬は雪が降らんじゃろうと思うとったのに、
義父の一周忌で湯来に行かにゃあいけん時に限って雪が降るとか?

1年前の葬儀の時も寒波が到来して大雪が降った。
冬用タイヤを持ってのうてバスで湯来ロッジまで行ったのを思い出す。

今年は温いけぇせやぁないじゃろうと安心しとったらこの冬一番の寒さじゃと。
またよりによって朝9時半から法要じゃと、もうちいと遅うからやりゃあええのに・・・。
最悪の事を想定してバスの時刻表を確認したら、五日市駅南口を9時過ぎに出発が一番早い。
どうやっても間に合わんじゃないか!

息子の車はスタッドレスを履いとるけぇ、それに便乗させて貰うつもりじゃが
チェ-ンをせにゃあいけん事になったら大変じゃ。
どっちにしても早めに家を出にゃあいけまぁてぇのぉ・・・。

明日の最高気温が広島で7度じゃと。
湯来じゃったら、雪が溶けんじゃろ? まぁ、悪い時に寒波が来るもんじゃて。

ごっつぉ

子供の頃の話ばっかりで申し訳ないが、この年になったらみんな昔を懐かしむのよ。
今の子どもらはいつでも、どこでも、美味しいものを食べれるが
ワシらが子供の頃には、今のような美味しい料理はなかった。

母親もすべての家事が手仕事で、献立を考えて『今日はどの料理』みたいな事はなかった。
手洗い、手料理、洗濯も掃除も料理もすべて母親はその場におらにゃあいけだった。
今のように洗濯機を動かしながらルンバを動かし、その間に化粧をしたりとか考えられん時代。

料理もクドで煮物をしとったら七輪で魚を焼くくらいじゃ。
素麺も茹で置きしたもので、今のように茹でたてを食べるような時代じゃない。
魚は毎日のように行商のおばさんが売りに来よったが、
肉なんぞ、家の前が肉屋さんでも、たまに100gとか200gを家族で食べるくらいじゃった。

ごっつぉを食べれるのは、正月、家族の誕生日、盆、祭りくらいで
ごっつぉゆ-てもばら寿司くらいのもんじゃが、それが嬉しかった。
盆や祭りには親戚の人らが来よったけぇ、親戚のおばさんらが持ってくる果物も楽しみじゃった。

五日市の喧嘩神輿には近隣から大勢の見物人が来とったけぇ
親戚の人らも喧嘩神輿を見るために秋祭りには来よった。
ほいじゃけぇ、どの家もごっつぉして客を迎えるのよ。

喧嘩神輿がわが家の近くを通る時間はだいたい分かっとったけぇ
その時間が近付くと通りまで出て神輿が来るのを待つんじゃが、
行った時にはすでに大勢の大人がいっぱいで、子供は見えんのよ。
ほいじゃけぇ、いつも父親にちょんまして貰うて見よったのを覚えとる。

ちょんまもごっつぉも懐かしい。

祭り

日本中どこに行ってもその地域の祭りがあるよね?
そこには踊りがあり、歌があり、笛があり、太鼓があり、神楽があり、神輿と、
その地域によって、その表現は違う。

日本中どこに行ってもその地方の祭りがあるんじゃけぇ、世界に目を向けると
世界中どこに行っても、やはり祭りがある。
それは収穫祭であったり、コミュニケ-ションであったり、それぞれ意味は違うかもしれん。

祭りの起源は何なんじゃろうね?
感謝? 祈願? 弔い? 敬い? 発表会? 宴会? 神事?
世界的に有名な祭りもありゃあ、五日市の秋祭り、若宮さんのえびす講もある。

その地域、地域の伝統文化がそこにある。
ワシも五日市に生まれ、五日市で育ち、五日市で生活しとるけぇ、五日市の文化、
五日市の祭りが大好きじゃが、もし今、転勤などで小笠原に生活の場が移ったとしたら
小笠原の文化を知るため、小笠原の人の仲間に入るため、小笠原の祭りに参加すると思う。
『郷に入れば郷に従え』、昔からそう言うじゃない。

世界中どこに行っても、そこの祭りに参加したら楽しいじゃろうね?

子供の遊び

ワシらが子供の頃と今の子とでは遊び方が全然違う。
なんでこうまで違うんじゃろうか? ま、おもちゃの違いじゃろうね?

ワシらが子供の頃の遊びでは何かモノを使う遊びと、モノを使わん遊びがあった。
モノを使わん遊びの代表は相撲やおしくらまんじゅう、日の丸、木登り、かけっこ、馬乗りなど。
モノを使う遊びと言えば、まぶろ、ぱっちん、にっさん、縄跳び、ロクムシ、ゴム銃など。

今の子供たちでもする遊びはモノを使わん遊びでは鬼ごっこやかくれんぼ位かね?
モノを使う遊びでは、にっさんは今でもやっとるようじゃ。
にっさんゆ-たら分からんかもしれんが、今で言うけん玉じゃ。

ぱっちん(メンコ)じゃの、まぶろ(ビ-玉)じゃのしとるのを最近は見たことがない。
ウチの孫もゲ-ムや高そうなオモチャを買うて貰うて遊んどるよ。

そんな中、神楽門門前湯治村の神楽ド-ムなんかに行ったら、神楽好きな子供がおる。
客席でその舞いをマネてみたりして観客席の人気者じゃ。
やっぱし、こ-ゆ-伝統芸能に興味を持つ子供もおるんよね?
五日市の喧嘩神輿にも子供の中にファンがおるかもしれん。

ま、ウチの孫娘も秋祭りが好きで、子供の頃から子ども会の俵もみにはずっと参加で、
昨年はまだ中学生じゃのに、秋祭りには女神輿を担ぎたいじゃの言いだして
当日、女神輿のところに 「将来は担ぎたいらしいよ」 と紹介したら
そのまま当日しっかり担いで、「楽しかった」 と嬉しそうに打ち上げにまで参加しとった。

若い男の子でも祭り好きな子はおると思うのよ。
その子らに、いかに声をかけて、参加しやすい環境を作ってやるかよのぉ・・・。

焚火

近頃は街中では焚火も出来んようになった。
防火というよりむしろ煙害じゃろう?

ワシらが子供の頃にはどの家でも秋から冬にかけて庭で焚火をしよった。
落ち葉を集めて焼いたり、ついでにゴミも燃やしとった。
ご飯を炊くのも薪じゃし、風呂を焚くのも薪で、どの家からも煙は出よった。
国鉄も蒸気機関車じゃけぇ、石炭くべてもくもくと煙を出して走りよった。

焚火の中にサツマイモを入れて焼き芋しよったよねぇ?
田んぼでも藁を燃やしたりしよったのは、たったこの間の事よ。
ワシらが子供の頃の事じゃけぇ江戸時代でも戦国x時代でもないのよ。

今でも田舎に行ったら刈り取った草や農作業で出るゴミなど燃やしたりしとる。
五日市から観音山の方を見たら、山に煙が上がっとるのが見えることもある。
火は人の暮らしを示しとったんじゃが、最近は次第に人の暮らしから火が消えとる。

煙の匂いが恋しい時代になっていく。

プチ同窓会

ゆんべは中学生時代の同窓生が集まり、プチ同窓会をやった。
メンバ-の一人が年末に海老山のH病院で前立腺ガンと診断され、一昨日大学病院で
精密検査を受け、その結果次第では次からこの会に出席できんかもしれん、
との事で、彼も参加して精密検査の状況を発表して貰う場も設けた。
結果は『心配するほどのものではなく、経過観察』 という事らしい。

「そりゃあエカッタ! また飲めるわい」 とみんなで乾杯し、大いに盛り上がり、
店を貸し切っての会じゃけぇ、誰に遠慮も要らんし、
一気にみんな15歳に戻って、話がはずむはずむ!

昨日、何を食べたか思い出せんのに、中学生の頃のことは、よう覚えとるのよ。
英語の先生があぁじゃったとか、国語の女の先生がどうじゃったとか、
教生の女の先生のことまで覚えとったで。
秋祭りの話や縁日の話もみんな懐かしがって話しとったよ。

あの頃、恥ずかしそうにほっぺを赤く染め、俯いて橋をしとった女の子も立派なオバタリアンになって、
シモネタにも 「ガハハハ・・・」 と豪快に笑い飛ばし、ヤジまで入れる。
立派に成長したもんじゃ(笑)。
みんな大満足して帰って行った。

新年互礼会

今日は五日市商工会の新年互礼会じゃったのを事務員さんから言われるまで忘れとった。
仕事をこなす事しか頭にのうて、それを聞いて一層仕事をスピ-ドアップ。
早めに仕事を切り上げ、急いで着替えてチャリで会場へ向かうたが遠い。

毎年、厚着して行って会場の暑さに閉口しとったけぇ、ベストは着ずに行った。
それでも会場は暖房の上に、大勢の人の熱気で暑いのなんの。

顔見知りも多ゆ-なった。
特別に仲のええ人が3人欠席じゃったが、城山のMさんにご挨拶したんで
そこのテ-ブルに居座って、つい話し込んだ。

2~3年前に秋祭りを手伝いたいじゃの言いながら、仕事でなかなか実現せなんだ
Tちゃんが挨拶に来た。お腹がちいと膨らんどるじゃんか。
「秋祭りを手伝いに行く前にお腹が大きくなってしまいました」
「ホンマよ~! この子に法被を着せるまで引退できんで」

そんな事を話しとったら揚上の世話役のOさんの顔が見えた。
北の神輿を上げる前に、何とか力を貸して欲しゅうて、何度か訪ねたがスル-されっぱなし。
それが、この商工会の集まりがきっかけで話をして貰えるようになったお方じゃ。
今では、先方から食事のお誘いがあるほど親しゅうして貰うとるが、
そこに行くまでには大変難航したお方じゃった。

新年互礼会はいろんな人と知り会えるけぇ、ワシも積極的に出るようにしとる。
今年も新しい出会いがあった。先方も興味を持っていただけたようじゃ。
今日の出会いがきっかけとなり、長いお付き合いの出来る方になりゃあ嬉しい。
真っ赤な顔して、笑顔を振りまいた新年互礼会じゃった。

連合会の案内

今年初の連合会の案内がきた。
この日は予定が入ってないんで行くつもりでおる。
東や北の人らとも親睦を重ね、まだ話をしたことがない人とも話をしてみたい。

祭り談義を熱く語るのもええ、家族の話、仕事の話、五日市の話でもええ。
先輩の方々からは、まだまだワシの知らん事を尋ね、若輩者のワシの肥やしとしたい。
若い人らからは熱いエネルギ-を貰い、自分のエネルギ-の足しにしたい。
ワイワイ話をするだけでも、人間関係が構築できる場合もある。
人の話に耳を傾けるのも、そこに自分にはない価値観を発見することもある。
出会いは大切にしたい。

初幹事会

ゆんべは今年初の幹事会じゃったのに、欠席してしもうた。
他の用事と重なったけぇなんじゃが残念なり。
今年は西地区秋祭り保存会にとって節目となる結成25周年にあたる年、
これまで節目となる5年毎の年には、何かイベントをやってきた。

最初の5年目は喧嘩神輿の復活で、神輿を修理して担いだ時の感激は忘れられん。
昔を知る他の地区の方々の中には、涙を流して拍手してくれる人もおりんさった。
今では東地区、北地区、西地区と昔ながらの3地区から神輿を出している。
それぞれの地区の関係各位に敬意を表すると共に感謝している。

過ぎてみれば、ついこの間のことのようで、平穏無事にここまで来たようにも見えるが
なかなかど-して、間にゃあいろいろとあった。
じゃが、こ-してみんなが協力し合うて、ガマンするところはガマンして貰うて、継続できた。
『継続は力なり』 ホンマにそう思う。

今年もええ年にしたいよね? それには貴方も、貴方も、貴方も力を貸して~よ。

ライン

こないだ 『ひろしです』 というラインが来たがどこのひろしさんか分からん。
ひろしと言う友人はけっこうおるんじゃけど小さな写真をハズキル-ペで見てみると
どうやら 『東地区秋祭り保存会』 の人らしい。
『どちらのひろしさんですか?』 と返信してから数日後(昨日)ラインで電話が掛かった。

ラインで電話のやりとりしたのは2人しかない。
最初は古い友人の奥さんからじゃったが、その1回きりで、
もう一人はサラリ-マン時代の先輩のTさん。
このお方からの電話はラインばっかしじゃ、ほいでワシにもラインでの電話を要求しんさる。

『何でラインで電話せんのんかいね? ラインじゃったらタダじゃのに・・・』
「いやTさん、ワシの携帯は無料電話が付いとる契約じゃけぇ電話代は要らんのよ」 と説明するんじゃが、
1ヶ月もすると、また同じような会話の電話が入る(苦笑)。

おっと話が横道にそれた。
当のひろしさんからラインで電話が入った。東のM会長さんじゃった。
『ワシ、ひろしと言います。よろしく!』 最近、ラインを始めちゃったようで
『いろいろいじりよったら、あんたにラインを送ってしもうたんよ』 という事じゃった。

何でも新しいものに挑戦される姿勢には拍手を送りたい。
ワシらの同級生でも携帯は時代の流れで持っちゃあおるが、メ-ルはせんと言う輩も多い。
ショ-トメ-ルでも返してくるのは優秀な方じゃ。
『メ-ル? 見ることは出来るが返事は書けん』 こんな輩も多い。

そんな中、ラインに挑戦中のM会長に声援を送ります。
M会長のやる気なら、すぐに上達される事じゃろうと思う。
時はものすごい速度で流れ、IT化の進歩もすごいスピ-ドで、ワシらアナログ人間はついていけん。
それでも及ばずながらついて行こうとする気持ちだけは持ち続けたい。

子供の頃の番組

兼高かおるさんが亡くなったとニュ-スで知った。
子供の頃に 『兼高かおるの世界の旅』 は、よう見よった番組で
まだ知らん世界をテレビで紹介され、いつか自分も行きたいと夢をみさせて貰うた。
この番組の、彼女のおかげで旅に興味を持ち、世界の国々を垣間見る事が出来た。
子供心にきれいな人じゃと憧れたもんじゃ。

そして一龍斎貞鳳さんも2年前に亡くなっとっちゃったとか?
『お笑い三人組』では楽しませて貰うた。
彼らのギャグのお陰で、ワシも人を笑わせる喜びを知り、
小学校の高学年の頃には、いつもクラスで冗談を言い、クラスの人気者になった。

今のワシが少なからず影響を受けた両番組であるとも言える。
ワシらの世代の人はみんなそうじゃと思うんじゃけど、世代交代じゃけぇ仕方ない。

特効薬?

風邪の症状が最悪の状態になったんで、ゆんべ新しい市販薬を飲んだ。
薬局に行って、自分で選んだ薬じゃ。初めての薬じゃった。

今朝、起きた時、夜中にあんまり咳き込まんかったように感じたんで効いたんかもしれん?
半信半疑で今朝も食後に2錠ほど服用し、仕事に出た。
咳の回数が減ったように思う。鼻水もそれまでのようには出ん。

じゃが風邪の症状が出んだけで、体調そのものは万全でない。
何か風邪の症状をラップでくるんで、出さんようにしとるだけのようにも感じるが、
咳が出んだけでも喉の痛みが違うし、体力の消耗も少ないんで効いたような感じを受ける。

今夜も食後に2錠飲んだが、さっき空腹感に負けてバナナ1本食べ、茎ワカメを食べた。
バナナだけならえかったんじゃが、茎ワカメを口にすると焼酎が欲しくなるじゃん?
この誘惑にも負けて富乃宝山を少しばかり口にした。
アルコ-ルで風邪薬の効能が薄れるんじゃないかと、ちっくし心配じゃ。
さてさて明日の朝、起きた時、どんなじゃろうか?

木遣音頭をこの土曜日に披露せにゃならん席があるんで、喉の調子は整えておかねば、
そう思うけぇ特効薬を飲んだのに。空腹とアルコ-ルの誘惑に勝てなんだワシ。
どうか明日の朝、風邪の症状が出てませんように。

風邪引き

何とか風邪がひどうならんように懸命にうがいをし、酵母くんを飲み、市販の薬も飲んだが
喉の痛みから鼻風邪になり、ついに咳まで出だして、本格的な風邪引きになった。
何も長い休みの終わり頃にならんでもえかろうに・・・。

じゃが、今日もせにゃあいけん事、えっとあるのよ。
明日から始まる初仕事の準備、昨日も職人さんたちとの打ち合わせをして
長い休みで忘れかけとった情報を整理し、やる気モ-ドにアイドリング。
長い休みで、どこかに気の緩みがあったんじゃろうね? 反省。

4日から車の量が一気に増えたね?
商店も営業を開始したところが多かったんじゃろうね?
ならば、『仕事に関係するところも営業を開始しとってかもしれん』 と電話するが
やっぱり建築関係は殆ど休みのところが多かった。

「木遣りってどんなものか聴きたい」
ライブに来てくれた人が、木遣りに興味を持っているようなんで
「毎月1回、集会所で練習しとってじゃけぇ、行ってみんさいや」 と教えてあげたが、
「自分でやろうとまでは思ってないのよ、ただどんなものか聴いてみたい」
「そういえば丸本さんも詠えるんじゃないん? 一度聴かせて」 と言われ
木遣部でもないのにご披露することになったが、この喉の調子じゃ、それも危うい。

早く治さねば。

湯郷温泉を訪ね

今年も息子一家、娘一家とファミリ-11名で大移動、岡山県の北東部、湯郷温泉を訪ねた。
片道263kmの行程はけっこう遠く感じた。
年末からの寒波で雪を心配したが、ええ天気でまったくその心配はなかった。

湯郷温泉は初めての訪問で、予想しとった以上の大きな温泉街じゃった。
ワシらが泊まったホテルはオシャレなヨ-ロッパ風なホテルで
各部屋も予想以上に広く、塗り壁の内外装、外国製のタイル、木の調度品など、
また広いバスル-ムには2シンクの広いカウンタ-洗面台があり、
海外のホテルに宿泊しとるような印象を受けた。

食事も吹き抜けのレストランコ-ナ-にはゆったりとテ-ブルが置かれ
わがファミリ-だけの特別テ-ブルも用意され、コ-ス料理が一品ずつ運ばれ
いちいち料理の説明があり、高級レストランで食事しとる気分。

ホンマはどんぶり飯かきこむスタイルの方がええんじゃが、仕方ない。
「お飲み物は何になさいますか?」 とシャンパンやワインの案内をし始めるが、
「生! ほいで次から芋の湯割り! 他は子供らに好きなもの訊いて!」
「芋は何を置いとるんかいね?」

娘一家の子供たちも昨年に比べたらお行儀よくしとったが、段々と本性が出てくる。
だいたいがじっと出来ん性格で立ち歩こうとしたり、テ-ブルクロスの下に隠れようとしたり、
「食事中に立つな! じっとしとれ!」 ワシが発声すると婿や娘が慌てて注意をする。
息子一家の娘たちは嫁の教育のおかげか、行儀はええ。

バイキング式の朝食を食べて20数キロ離れた『宮本武蔵村』へ車を進めると
次第に山の方へ向かうためかみぞれ混じりの雪がちらつき始めた。
宮本武蔵村から更に中国山地を越えて鳥取砂丘へ行こうとしたが
『冬用タイヤ規制』 が発令中じゃったんで、予定を変更して『ドイツの森』へ向かうた。

ここは小さな子供には、いっぱい遊具があったり乗馬体験できたり、ゴ-カ-トがあったり、
宝探し、サ-チェリ-、等々と金さえ出せば1日中遊べる。
子供達と何度もかけっこしたりして、わっしゃあバテたよ。
すでに筋肉痛が始まっとる。 
ま、そんな、こんなで正月休みも終わったかね?

明けましておめでとうございます。

明けましておめでとうございます。
今年は西地区保存会25周年記念の年、覚悟を決めてきばりましょう!

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